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思い出した

2011/07/05
インターネットをしていたら記憶がフラッシュバックした。

3年前の4月1日。
私が一度死んだ日。
もうすっかり記憶から欠落していたあの日。

何というわけでもない。
ただ、当時所属したばかりの劇団員とうまくいかなくて、
皆やらないからと私がやっても全然それは的外れなことで、
ああ、こんなことですら私を拒むんだと思った。
そう思って、出勤したばかりの(今の)夫に電話をした。
「もうさ、死ぬから~。ごめんねぇ~。」って。

電話を切ると、夫には申し訳ないけれどどうしようもなかった。
止められなかった。
私には何一つ残っていなくて、一人残された家でのろのろと用意をした。
確か、ブログの更新もしたっけ。
「これから死ぬけど、本当に死ぬのかなあ」などと矛盾したことを考えていた。
それから、そう、玄関入ってすぐ、夫の部屋の戸の上にまた小さな戸があって、
そこを開けて柱にインターネットのケーブルをかけた。
脚立に乗って首をかけ、足を踏み出した。
当時の夫の部屋で、薄暗い部屋だった。私は玄関側を向いてぶら下がっていたと思う。
朝9時か10時の出来事だった。

そこで記憶は途切れる。
痛いとか、苦しいとか、そんなことも覚えていない。


目覚めても、何一つ覚えていなかった。
京都に引っ越して来てからのことはほとんど何も覚えていなかった。
劇団のことも何一つ。
動機も何も覚えていない。
思い出さなくていいと夫は言った。
思い出さないように携帯もなかった。
記憶を辿る術は何もなかった。
そして、追われるように転勤が決まって引っ越しした。

これまで自殺未遂もまるで他人事のようだった。
あと少しでも発見が遅れていたら、間違いなく死んでいただろう。
半年ほど首筋に残っていたケーブルの痕がそれを物語っていた。
なのに、そんなこともまったく実感などなかった。
忘れていることが必要だとでも言うように、私はすっかり忘れていたのだった。


3年経って、やっと思いだした。
やっと自分のことだと思った。
今まで軽々しく自分の自殺未遂のことを語っていたのかもしれない。
だけど、あの時の例えようもない絶望を思い出してしまった今は、もう語る気にもなれなかった。

おかえりなさい、あの時の私。
あの時の私がようやく帰って来た。
いや、DID患者として正しく表現するなら、あの時死んでしまったあの子を
今になって「私」の中に取り込んだとでもいうべきなのか。

何故今なのかはわからない。
どうして今までこんな大事なことを忘れてしまっていたのだろう。
いや、大事なのだろうか。
きっと忘れることの方が大事だったのかもしれない。

生きたくても死ななくてはいけないと思ったあの気持ちを…。
自分で自分を生かしてはおけなかった。
最後まで自分を許せなかった。
それだけで心が一杯で、だけど空っぽだった。
どうしたらあの気持ちを表現できるだろう。

「最期くらい自分のことだけ考えてもいいよね」
そう思ったのも覚えている。

まだ整理ができないけれど、あの時考えたことの訳を、今思い出したことの意味を、
私たちは考えて行こうと思う。




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