04月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫06月

スポンサーサイト

--/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- スポンサー広告

記憶の断片と今ある責任

2011/06/10
昔から、私の夢に母が出て来たことはない。
夢ではいつも「お母さんは今日もお出かけしていない」ということになっていた。


お久しぶりです(?)
ようやく恐慌状態から脱出しつつあります。
今日は記憶の断片から少しお話をしようと思います。

最近はショッキングなことがたくさんあって、それをキッカケに記憶の断片がたくさん出てきました。

母の後ろ姿を追って、泣く姿。
また放って行かれたと、喚く姿。
父が遠く思えたある夜。

ハッキリとは思い出せませんが、どれも「私」を「斜め上」から見ている映像です。
冷静に解析すれば、既に解離していたのかもしれません。
それとも、ショックな状況から心を守るために心理的な距離を置いているのかもしれませんが。

とにかく、私が物心付いた時には、母は仕事でいませんでした。
祖母、祖父、姉とお留守番。
日曜日、母に近寄って行ってもよく怒られました。

きっと母も仕事と家事で忙しかったんだと今になって思います…。
父は私が幼い頃は仕事が忙しくて、平日は寝てから帰っていましたし、
休みの日も呼び出しがしょっちゅうでした。
そんな中だと、そりゃあ、母もイライラするだろうなぁ…。
だからなのか、日曜日は一人、車に乗ってどこかへ行っていました。

だからって、子供を置いていっていいわけではありません。
「仕方がなかった」と割り切っていいものではありません。
子供側としては「仕方なかったのだろうなぁ」と思っても、親としてはそう思ってはいけない。
それが親としての「責任」だと私は思うのです。

最近映画を見ました。
「青い鳥」という阿部寛さんが主演の映画です。
それは「いじめ」を扱ったものでしたが、静かながらとてもいい映画だったと思います。
主人公はいじめで自殺未遂まで図り転校していったクラスメートのことをずっと気にしながら生活していました。
自分もいじめに加担してしまったから。
しかし、周りは忘れようとし、彼自身も平穏を装っています。
そこへ現れた先生。
それが阿部寛さん演じる村内先生ですが、村内先生が教えたこと…それが大変重みのあることでした。
初めは落ち付きつつあった教室に波風を立てますが、
後に生徒たちは心から「反省」と「責任」ということを学んで行くのです。

「責任」。
それは自分が悪いことをしたのなら、その気持ちを忘れず持ち続けるということ。
悪いことをしてしまった相手を忘れてはならないこと。
例え、相手が忘れてしまったとしても、自分は忘れてはならないこと。
自分が悪いことをしたという事実から逃げないこと。
一度償ったからと言って終わりではない。それは、罰でもない。「責任」だ。

これって、とても大事だと思いました。
昔は子供でした。だから、忘れなくてもいいし、忘れてもいい。
けれど、私の親はそうじゃない。
しかし、私は今は親でもあります。
そう、だから「責任」を持つのです。

決して誰一人として、完璧な教育など施せないでしょう。
だけど、それを「仕方ない」と割り切ることなく、諦めることなく、
「ごめんね」と思いながら、子供(娘)をその分思いやる。
私は、逃げません。
逃げたくないのです。
何故なら、私はこの子の母親だからです。

間違いが悪いわけじゃありません。
間違いを正さず、悪いと思わなくなるのが、良くないだけです。


私は良くない母親かもしれません。
しかし、歪な愛情であっても、私は娘を愛しています。。。。。。





↓一日一回有効です。応援よろしくお願いします。
スポンサーサイト
09:39 過去 | コメント(0)
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。