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恐慌状態であろうと

2011/06/06
ついに来た。

それは何かと言うと、不調の波というものである。
「外部」は大荒れ、「内部」も崩壊寸前になった。
というのも、色々「外部」つまり身体の外側の現実がトラブル続きだったからである。

詳細は書かない。
いや、書けない。
未だに私たちの中では処理に困り、持て余しているところがあるからである。

こんな時に誰かを責めると楽になるのだろう。
しかし、私はそれを望んでいないし、それをしても一時的なものでしかない。
あくまで病気の「スイッチ」を押されただけであって、「スイッチ」が入ったままになっているのを選んでいるのは、紛れもなく私たちなのである。


今回の不調は今までと異なっている。

動かなくては気が済まないのだ。
苦しくても動き続けるのだ。
これは躁という状態に近いのかもしれない。

例えば洗濯を干していると、ゴミが目に付いた。
ゴミを集めるが、他の埃も気になって掃除を始めた。
掃除をしたら、今度はさっき集めたゴミがいっぱいになっている。
さあ、ゴミを集めて出さなくては。
あ、ゴミ袋が少ない。
ではゴミ袋を買いに行かないと。
ゴミ袋のついでに買い物をしよう。
冷蔵庫の確認をする。
冷蔵庫の整理をしないと。
あと、ここ数日間の献立を考えなくては。
それなら今から夜ご飯の下ごしらえをしておかないと。
下ごしらえをした。
冷蔵庫を片づけた。
買い物をした。
ゴミを出した。
掃除もした。
洗濯もした。
アイロンも掛けた。
それから?、それから??

どんどん、どんどん、雪だるま式にやらなければならないことが増える。

「どれもささいなことだ。
どれも皆がやっていることだ。」

そして、やり続ける。
もちろん、落ち付かない。
食事も流しこむように食べ、5分として椅子に座らない。
8時間働き続けるなんていうこともある。
当然、身体はぐったりする。
苦しくなる。
なのに、次やらなければならないことばかりを考え続け、頭がパンクしそうになる。
もう気が狂わんばかりの状態にまでなる。

主治医は強い薬を飲んでぐったりしてでも、休む必要があるだろうと言う。
けれどもそれを私たち自身が許さない。
動かなければ、強迫に似た思いがどんどん強くなるばかりだ。

カウンセラーは言う。
回避行動を止めなさい、と。
回避行動とは、何か過去にあった嫌なことを避けるために行動をすることである。
(特定の個所を避けるなど。)
回避行動はストレスをより強める。
じゃあ、どうすればいいのか?
それは選択肢を増やしてやることだという。
「敢えてしない。」
それもありだということを自分に作ってやるのだという。

しかし、休めない。
休むのが、怖い。
どうしても、怖い。
どうしようもなく怖い。
心の「底」が外れてなくなってしまったみたいだ。

今は比較的落ち付いているから家で座っていられるが、
また動き続ける?
またやらなければいられなくなる?

主治医からは作業療法を勧められた。
そこで何をしてもいいし、もちろん何もしなくてもいい。
ただ、家から離れて、しなければいけないことから離れてください。
そういうことらしい。

性分だと言われればそれまでだろう。
そうだという割り切りも必要だと思う。
だけど、こんなに苦しいのを続けていても、性格だからと言えるのだろうか。
否、本人が苦しいと継続的に思うならば、それは性格だけのものとは言えないだろう。


色々あった。
あり過ぎた。
けれど、全てを人の所為にしたくない。
だからといって、「そこそこ」で受け入れることもできない。
どんなに大きな山であっても、乗り越えて私たちはまだ成長したい。

できれば今の不幸を嘆きたくない。
過去の不幸も嘆きたくない。
今の幸せだけは忘れないでいたい。

今は力を振り絞って、
苦しくても背を向けないで、
将来は今の自分を誇りたい。


どうか、想いよ、力になれ。
この祈るような想いよ、力になれ。





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10:13 病気 | コメント(2)
コメント
あなたのブログを初めてみました。私には3歳になる息子が居ます。今保育園に行き始めて、行きたくないという感情が出始めています。でも彼なりに「保育園は楽しい」「早く保育園に行こう」と言います。でも寝言でよく「保育園嫌だ」「いきたくないよ」と泣いてます。彼なりに父・母につまり私たちに気を使っているんだと思います。(それが気をつかっているということが息子にはわかってないだろうけど) 彼なりに心の中で何かを感じ取っているのです。我が息子ながらに感心です。たぶん息子も保育園以上に困難なことをしないといけないし、考えて行動していかないといけないでしょう。でも人間は考えて行動することで、「より良い自分」を見つけることができるのではないでしょうか?
あなたは動かなくては気が済まない・動かないと怖い・休めないという状況です。私はあなたについて何1つ知りません。でも1つ言えるのは今の状態・状況は悪いのかどうかわかりませんが、動くということは「次への変化」をしていることなのです。それが悪い変化かもしれません。でも良い変化かもしれません。人間はひとつの場所に留まれば楽ですが、それでは成長しないのです。私はあなたの苦しみが到底わかるはずはありません。でもあなたのブログを読んで、自分自身を考えてみることが出来ました。考えた結果、次への変化が生まれたと思ってます。それが良い変化か悪い変化かはわかりませんが。でもこれだけは言えますよ。あなたのブログを見て、あなたに頑張って欲しいと思える人間が一人増えたってことを。
那由さんへ
はじめまして。ご訪問・コメントありがとうございます。

偶然ですね。実は私も娘を保育所に行かせ始めたところだったのです。
理由はお察しの通り、私の病状の悪化です。
娘はまだ1歳半が過ぎたところで、言葉は自由には話せません。
けれども、息子さんと同じなんだと思います。
そのせいか、ここ数日風邪を引いてお休みしていました。
基本的には元気なのですが、凄まじい我儘を言って困らせます。
つまり、まだ甘えていたいということなのでしょう。
切ないですね。親としても子としても一つの試練の時なのでしょうね。

仰るように「考える」ということはすごく大切なことです。
特に人の発達の段階においては。
しかし、それだけでなく、「考えない」ということも大切なことだと、最近私は思うのです。
私に欠けているのは「考えない」ことなんだと思います。
それには「何が自分にとってより良いのか」それが肝心ですよね。
楽をしたいのか、成長をしたいのか…。
そのための行動が取れれば一番なんだと思います。

「次への変化」。
私にとってもなかなか考えたくなる(考え「させられる」ではありません)キーワードでした。
ありがとうございます。
私なりの頑張り方をしたいものです。
どのような変化が訪れようとも、笑顔だけは失くさないようにしたいと思います。
私も、娘も。

どうか変化していく時の中でも、那由さんと息子さん、ご家族に笑顔だけはありますように。
それだけは心から願っております。

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