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なんと言うことはないのだけれど

2015/12/18
今日は気持ちが上がらない日です。
体調が悪いわけではないのだけれど、心のエネルギーが少ーし、不足気味?
仕事で珍しくトラクターに乗ってみたけれど、
ロータリーをかけたところがガタガタ(笑)
こういう日だと開き直りました。


ここ一年くらい、本当に忙しかったです。
ゆっくり座っている時間なんて、ほとんどなかった。
好きな手芸もあまりできず、用事を済ますことが最優先。

そしたら、卵巣の機能が低下したのか、早くも老化のサインが現れました。
女性の悩みで申し訳ないのですが、生理の周期が短くなったのです。
何となく早いなーと思っていたら、去年の記録と比べると3日くらい短くなっていました。

実は、去年、農家ということもあって、不妊治療に通いました。
結果はもちろん授からずでした。
二人も子宝がいるからもう十分だと納得し、治療を止めました。
ぼわーん、としたショックがありましたが、それでも落ち込みはしませんでした。

だけど、今になって、結構ショック、なのかしら。。。。。
授かれないこと+老化、かぁ-。

自然に任せて、などと自分に都合のいいように言っていましたが、
やっぱり目の前に現実を突き付けられるまで、わからないものですね。
望みすぎだとはわかっていても、ね。

取るべき手段はあまりありません。
病院に通うか、その他の方法か、諦めるか。
あ、授かるための手段ではないです。
体調を整えるための手段ですよ。

病院はもう嫌だしなぁ・・・。
元気になったはずなのに・・・。
やっぱり昔の行いのせいなのかしら・・・。
しばらくグルグル。

久しぶりに自分のことで泣きました。
泣くと少しすっきりしました。
泣き終わった頃に曇り空だった空から日が射し始めました。

そうね、それで終わりじゃないよね。

人生は一喜一憂しながら、進んでいきます。
きっと今日は雨でも明日は晴れ。
家族と一喜一憂しながら、生きていこう。

大丈夫、もうきっと大丈夫。
光はきっと射すから。
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11:52 戯言 | コメント(0)

久しぶりに病気のこと

2015/12/11
久しぶりに通院しました。

薬は医療保険に入りたいので、しばらく処方も服用もしていません。
「薬の処方ですが、できればないままで行きたいと思っています。」と伝えると、
先生は柔らかく笑って、そうですね、と言ってくれました。
正直、ほっとしました。

でも、こういう病気だから、兆候が出て来たら対応できるように、
その兆候を聞いてみました。
「考えがたくさん浮かんできても、それがマイナスなイメージばかりのものでなければ大丈夫。
あと、聞こえてても、それがそう(幻聴)だと認識できていれば大丈夫。」
だそう。

超(!)ハードスケジュールが続く状態で、まだそれほどではないので、とりあえず安心のようです。
おお、私、かなり健康に近づいてる?
思わず調子に乗ってしまう(笑)

まあ、それでも連想ゲームみたいなのは、延々とあるわけで…。
ノイズをノイズと認識できなくて、頭がごっちゃごちゃのまま生きていくのは、もう多分ずっとだと覚悟しています。
記憶に関してもまだ自分の記憶だという認識はないままですしね。

とはいえ、私は本当に結構予後がいいほうらしく、自分の幸運を実感しています。
でも、幸運になるにはどうすればいいのか…。
あ、違うな、正確にいうと、幸運に「気づく」にはどうすればいいのか、だな。

基本的には結婚するまでは幸運なタイプではなかったです。
でも、夫が幸運なタイプでした。
それって、単純に運がいいだけではなく、運を引き寄せる行動、気付く(or築く思考)をしているんだと思っています。
感謝とか、最小の幸福でも忘れないようにしています。
私も昔はわかんなかったです。
幸運があっても気付かないまま過ぎました。
何だか自分ばかりがしみったれてて不幸ばっかりな気がしていました。
でも、病状が落ち着き、やっとわかるまでになりました。

今売れそうな本流に言えば「幸運を引き寄せる考え方!」みたいな(笑)
流行りっぽく書いてしまうと、胡散臭い気がしてしまいますね。

だけど、なかなかきっかけがないとできないものだとも思います・・・。
病院に行ってると、ふとそう思います。

一度不幸に巻き込まれてしまうと、不幸から抜け出せないものです。
不幸でいるほうが、ある意味安定してますからね。
抜け出すのってエネルギーを使います。
やっぱり、休息って大事。


人生はいろいろです。
30余年生きてきて、長く生きていればいるほど、「それぞれ」の振れ幅は大きいなと思います。
たいていのどんなことも大丈夫です。
生きていたら、大丈夫。

「大丈夫だよ」
そう夫が声をかけなくなって、3年ほどが経ちました。
「大丈夫がなくても、もう大丈夫だね」
夫がそう言いました。
私は涙が出ました。
温かい涙でした。

読んでくれた人も、そうでない人も、
心に灯る光がありますように。。。。
16:14 病気 | コメント(0)

私の生きた証

2015/12/02
最近、私が生きてきた証を探している。
もちろん、これから命を絶つわけではない。

病気が落ち着き、育児、家事、仕事にも少しばかりゆとりが出てきて、
自分のことを考えることが増えてきた。
子供たちが巣立ったとき、私はその時何をしていようかと考えたのだ。

私は何が好き?
私は何がしたい?
ここ数年、いろんなことをやってきたつもりだけど、
ずっとこの先もやりたいことって何だろう?

こういうことを考えていると、イライラしてくる。
病気になる前、若い時もよく考えた。
ずっと考えていたけれど、わからないままこの年になった。
世間の健全な人たちは、もうとっくに済ませたタスクなんだろうか。
そう考えると、尚、イライラしてしまう。

怒りの対象も見つからないままイライラして、
エネルギーを持て余してしまった。
(昔は持て余すほどのエネルギーもなかったのを考えたら、ずっといいのだろうが…)

私は頭と身体のバランスが悪い。
頭ばかり使ったり、身体だけを酷使したりと、どちらかしかできない。
だから、最近はなるべく身体を動かすよう心掛けている。
それが案外楽しいのだけど…。

やっぱり身の振り方がわからず、もがいてしまう。
怒ったり、笑ったり、黙ってみたり。
何だか、自分がいつもの自分からずれてしまって、落ち着かなくなってしまう。

私はどんな自分になりたいだろう?
子供たちに何を残してやれるだろう?

ずっと苦しみながらも考えていくこと。
これが私自身の糧になるのだと信じている。
20:12 病気 | コメント(2)
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