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お知らせ

2012/04/27
このブログ、長期更新なし、もしくは閉鎖にしようと思っています。

なぜかというと、現在私たち家族の仕事のためです。
何せすごく忙しいのです!

実は「農」の道を歩き始めていまして…。
毎日研修(農家さんのところへ修行)と勉強に明け暮れて、
かつ、家事・子育てもあっていっぱいいっぱいという実情なのです。

とはいっても、私はまだ回復途上の身。
あまり無理はできないし、こういう「逃げ場」だったり「言い捨て御免(笑)」のような場所は貴重だったのです。
しかし、身体が2つないと出来ないこの状況^^;

大事なこの場所。
皆様が応援やアドバイスをしてくれたおかげで、私たちはここまで回復できたのです。
思い入れももちろんあります。
一度は閉めかけたブログですが、それからもまだまだ良くなったという報告がしたかったし、
皆様の色々な声が響いて来て、それが私は嬉しかったから続けてきました。

だけど、そろそろ「自分の病気」(または過去)よりも、「自分の人生」に目を向ける時が来たのかもしれません。
土と共に生き、恵みを頂き、それで生活する。
今の目標はそこにあるんですね。

今は身体はキツイ日もあるけれど、作業をしていると気が紛れます。
精神的には楽なのかもしれません。
何より、自然は神秘的で面白いです。
自然の力を借りて、私は生き続けています。

ですので、もし、またここで記事をアップすることがあった時…
それはきっと私が病気からほぼ完全に(?)回復した時だと思います。
どうかその日が来ることをほんの少しだけでも祈って頂けたら幸いです。

あ、でも、もし挫折してたらごめんなさい(苦笑)

どうか皆様も近い将来、苦しい状況を脱し、平穏な生活が送れていますように……。
心より、大地を通して、お祈りしています。





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08:45 未分類 | コメント(10)

私は誰?

2012/04/23
ここ数年耳鳴りがひどくなりつつある。
元々あまり耳がいいわけではないので、ちょっと気を付けながら生活している。
特に「キーーン」という音が右だけでして、他の物音が聞こえないことが最近多い。
不思議と人との会話中はあまりなく、一人で何かに集中していてそれが途切れた時に起こる。

初めはストレスかなぁとも思ったけれど、
耳鳴りの原因はたくさんあるらしく、病気だとも限らないので様子見。
だけど、体調が悪い時に多いので少し注意していたい。


話は少し逸れるが、先日の主治医と合わなかったせいで、私はまだ混乱している。
夫が言う言葉がすぐにマイナスの言葉に変換されて、幻聴(?)で聞こえる。
どう解釈しても結論は「私が悪い」ということにしかならず、かなり滅入る。

私の中の子供が泣いている。
私にお母さんはいるけど、いないの、と。

「それを認めなさい、自分でできることは自分でやる、それでやりなさい。」
そんなのはわかっている。わかっているのに言わないで、と。
小さな私の一部は、表に出てきて声をあげてわんわん泣いた。

当に、先生の言ったことは地雷でしかなかった。
普通この年だと上記のことは至極当たり前のことだろう。
だけど、悲しいけれど、私はまだ精神的に未熟なのだ。
十分な愛情を知らないから、未だにひどく未熟なのだ。
未熟なりに今まで自分のことをやってきたのに、それさえも咎められた気がして…。

いつになったら母親のことを乗り越えられるだろう。
いつになったら私は「あの人」を母だと全面的に認められるだろう。
いつまでも、私は「あの人」を否定しつつ、母であることを「あの人」に求めている。
だけど、もう私は母親で、その一方で子供でもあり…、
意味がわからなくなる。
頭が混乱する。
私は一体誰なんだろう。
私は一体本当は何人いるのだろう。
一体いつまで周りに迷惑をかけ続けて生き続けるのだろう。
もう疲れた。やめてしまいたい。
(これも先生にそういうことを考えるのはやめておきなさい、と言われたけれど…。)

愛されなかったという不幸。それを認められない不幸。
だけど、それを乗り越えられないと更に苦しくなるだろう。
不幸を断ち切るのは、私をおいて他にはいないのだから。

生きて闘う。
それしかないのだ。
もう決めたことなのだから。




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14:13 病気 | コメント(8)

医師との相性

2012/04/18
これって難しい。
今日は通院日でしたが、改めて実感。

私の伝えたい事や苦しみがわかってもらえませんでした。
けれど、これも仕方のないこと。
医師も人間で、個性があります。

今日受けた心の傷。。。。
私の人格の否定のような言葉でした。
きっと先生はそんなつもりはなかったのだと思います。
けれど、私にとっては心の地雷のようなことで…。

診察の後、過換気+ぜんそく発作(風邪気味だったのもあり)を起こしてしまいました。
すぐに落ち着きはしたものの、解離したり、離人した感覚が消えず…。
まっすぐ歩くのもちょっと辛かったです。

主人曰く、私は一見調子が悪そうには見えないそう。
顔にあまり出ないし、自分の調子の話をしてもどこか客観的で淡々としているらしいです。
どうもDIDのせいで、どこか自分のことを他人事だと見てしまう癖があるのかもしれません。

とりあえず主人が転院を決めてしまいました。
今後の診察が不安だということみたいです。
色々手間はかかる(自立支援の受給者証の再度変更とか)けれど、仕方ないのかな…。
次の病院の先生はわかってくれるといいなぁと願うばかりです。
今までの先生、カウンセラーさんはとっても恵まれていたんだなぁと再確認です。
ああ、あの病院は明るくて優しくてとてもよかった気がします。

とにかく、今日の心は雨模様。
まだ回復の目途は立っていません。
お薬は飲んで少し休んだけれど、心は晴れず。

こんな時は心も晴耕雨読なんでしょうか。
雨の日は雨の日の過ごし方を、という…。
ゆっくり、ゆっくりですね。
今日は頑張れそうにありません(苦笑)

どうか、明日まで引っ張りませんように…。
やっぱり「普通」でいたいなぁ…。




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17:59 病気 | コメント(2)

健常者と障害者の狭間で

2012/04/16
私は生きている。
毎日決まった薬を服用してはいるが、外見的には健常者とは何も変わらないだろう。

ただ、それは症状を話したり、発作が起きる前までの話で…。
自分の調子が少しでも下がるのを感じると、運転を控えたり、外出を取りやめたりする。
あくまで健常者らしくいるためであったり、
何よりも他人様に迷惑をかけないために。

健常者の人がちょっとやめておこうかな、と思うのが、
私の場合だと少しだけ(結構かもしれない?)早い。

それが病気のせいなのか、私の能力(とか精神力)のせいなのか…。

それは何年経ってもわからないけれど、
そこで私はいつも頭を抱えて悩んでしまう。

どうしてもっと動けないのか、どうしてもっと我慢できないのか、と。

「病気だと告白すれば病気のせいだと思ってもらえるかな、
でも、障害者は嫌だ。」
「障害者だって言うのは嫌だ。だって、実際そうは見えないはずだ。
でも、出来ないのを個人の能力だって認めたくなんてない。」

そんな考えがぐるぐる堂々巡り。

だけど、こう思うことをやめようかと思う。
原因が何であれ、今の状態で私はこれ以上出来ない(であろう)し、
その事実は変えられない。

習慣になった考えを今さら変えるのは容易ではないのは知っている。
しかし、気が付いたときに少しずつでも。

ダメな奴だ、怠け者、そういう声も聞こえるけれど、
これが私のペース。
病気も含めて私。
病気じゃなかったら今の私も形作られなかった。
これは自己肯定というより、事実確認だ。

健常者と障害者の狭間。
何だか居心地は微妙だけれども、
それでも諦めることはしないでおきたい。

障害者で居続けるという諦めはしたくない。
狭間でいる居心地の悪さも好きではない。

少しでも今の私らしい私になれるように、
ただ、毎日生きて行きたい。

そう、植物のようにゆっくりと。
静かに。





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13:50 病気 | コメント(0)

人間の価値

2012/04/11
は何で決まるんだろうか。

最近は土と向き合って仕事することになって、
正直何が何なのかわからない。

気や頭を酷使し続ける仕事よりも、単純に肉体労働が楽だ。
身体はしんどいけれども、精神的な負荷が圧倒的に少ない。
私のような精神的にしんどい人間にはある意味いいのかもしれない。
(田舎に住むとそれなりの人づきあいを求められるので、多少の気苦労はあったりするのかもしれないが)

未だ第一次産業は地位が低かったりする。
たいていの人の生活を支えているのは第一次産業だったりするのに、
その大切さに気がついているのは、実は少ないという現状だ。

まず、私は人間だ。
そして、女だ。
それゆえに病気になったようなものだけど、またそれゆえに母になった。
そして、今は母として子供のために働いている。

けれども、私を最後まで見てくれている人は案外少ない。
私は自分のことを「女」だと認識されるのが異常に嫌いで、
それゆえにそういう下心を持って近づいて来た人間に落胆を覚える。

だけど、ここではそういう風に見る人は皆無に近くて心底ほっとする。
ここでは私は母であり、妻でしかないのだ。
私は私だけれど、誰も「女」としては見ない。

都会のように「女」として飾る必要もないし、
「女らしさ」を全面に押し出す必要もない。
もうそんなことをしなくてもいい。
そんなことをしなくても、私の適正な評価をしてくれるのだから。


正直に言うと、私は今まで男性全般を憎んでいた。
憎んでいるからこそ、復讐するかのように男というものを試したりなんかもしたことがあった。
結婚して子供が生まれても、それでも尚、夫以外の男性を憎悪していることがあった。

それは自分があまりにも「女」ということにこだわり過ぎていたせいもあるのだろう。
もちろん、それは今までの経験上仕方のないこと(過去のログを参考)だったのかもしれないが、
良く知った旧友でさえ、「女」として見ることに虚無感と人間の価値を考えてしまうのだ。

人の価値は何で決まるのだろう。
名声?
幸せ?
お金?

未だにわからないけれど、今私は人としての価値のある経験をしているのだと思いたい。





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18:28 戯言 | コメント(0)

何か出来る?何も出来ない?

2012/04/07
いつも自分の中にある疑問です。
何か出来るかと思えば、やっぱり何も出来ないんだと落胆したりなんかして。

それでも自分は少しずつでも出来ることが増えてきたのかなと思っていました。
だけど、それでも実はあまり変わりなかったり(笑)
それにある日気がついて、ショックを受けて。
だけど、必死にそれでも何かを為そうと自分を立て直して。
それの繰り返し。
たまにそれにウンザリして全部終わりにしたいなと思ったりなんかもして。

別にどちらでもいいのに。

それに気が付いたのはすごく最近です。
出来なくても出来てもいいんですよね。
それは重要ではない。

やろうとしたこと。
それが大事です。

わかっていてもなかなかそうは思えないものですが、
わかっているといないでは精神的な負担が違います。
初めから出来なければいけないと意気込んでやるのって、
すごく精神的エネルギーも消費しますし、万が一出来なかった時の落胆は激しい。

いえ、初めからそういう心の安全策を張っておくのが大事という意味ではなく、
結果がどうであれ、やろうとしたこと自体がすごい、
それがわかっていることが大事ということです。

もしダメでも、人はそれほど冷たくありません。
案外人って冷たいようで温かい。
人が助けてくれたりします。
私はそうやってここまで生きてきました。

本当に一人で生きているわけではないんだなと、今更になって改めて感じます。
こう感じられるということが、人間として成長している証であり、
「私」であるアイデンティティを改めて感じる瞬間です。
例え複数であれ、私は私。私たちは私たち。

正直自分自身に滅入る時もあるのですが、
それでもゆっくりゆっくり自分のアイデンティティであることを受け入れていけたらなと思います。
己に執着せず、自然に。
己に執着すると自己顕示に走ったり、反対に自分を見失ったりします。

自分をしっかり見据えて、自分らしく生きていけたらと思うばかりです。





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20:37 病気 | コメント(0)

病状

2012/04/01
実はいいのか悪いのか全くわかりません。
病気がどんな診断名がつくのかも、謎です。(表向きはありますが)
けれど、わかっているのは、調子がいい時でも(もちろん悪い時でも)やりすぎは禁物だということです。

やり過ぎると気持ちが落ち着かなくなって、そわそわ、頭はグルグル、寝てもいられなくなります。
だから、軽い躁なのかなぁ?
ちょっと休みたいけれど休めない大変な状況になります。
かなりキツめの薬じゃないと、眠れない。
そして、それが加速するとイライラが爆発。
イライラした後、そんな自分に幻滅。
だからまたやろうとするんですが…、そういうことで調子を崩して行きます。

最近はようやくこの負のスパイラルを止められるようになったかな、という感じですが、
今は少し大変な状態なので、なかなかそうも…^^;

基本中の基本ですが、休むことは一番大切ですね。
薬も有効に使ってもいいと思っています。
そういう性分と開き直れるのがいいですが、それはまだ先のようです。

変わりつつある自分と、昔ながらの子供の自分。
どれも自分の中に収めて開き直れる日が来るように、
今は休める時にはゆっくり休みたいです。







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19:09 病気 | コメント(0)
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