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自分を消したい?

2012/03/23
自分が嫌い?
自分を殺したい?
そんな言葉は言い尽くした。

自分が自分じゃなければいい。
自分の性格が変えられたら。
他の人と頭を取り替えられたら。
何度呪いの言葉のように言い続けたか。

きっと病気にならないとわからない。
同じように病気になってもわからない人にはきっと永遠にわからない。
そこにはどんなものよりも深い溝があるのだろう。

自分も親も、
男も女も、
周囲の全てを憎み尽くした。
今あるのは、
唯一残っているのは、
ただ、いなくなるという選択肢であり、その時間の長さを決めるのは私の中に僅かに残る人への気遣いである。

帰りたい?
帰りたくない?
極端な気持ちに私はただ頭を掻きむしるだけで、どこにも行けないでいる。

今まで保って来た正気が切れる姿を誰にも見られたくない。
傷つけたくない。
人が思うよりも、私は大丈夫じゃないよ。

やっぱり人は変われない。
私はあの時のまま変わっていなくて、いつまでも人を傷つけ、試してばかりいる。
最悪の自分でも愛してくれないと嫌だと、わざとひどいことを言って。
無条件の愛を母以外の人に求めても、あるはずなどないのに。


さあ、どこに行こう。
行くあてなどないのに。
それでも思う。
光射すところがいいなと。





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22:17 戯言 | コメント(1)

心の居場所がない

2012/03/21
なんて、書いたら主人に怒られそうですね(笑)
でも、決して主人のことを信頼していないわけではありません。

私はこれまで書いてきたようにちょっとだけ辛い家庭環境で育ってきました。
祖父母がいて、祖父母が面倒を見てくれて、母と父は仕事でいない。
母と祖父母の仲は悪く、子供は板挟み。
父はいまひとつ存在感がなく、母に当たられ、父のストレスも子供へ。
ストレスの溜まった母に愛情をかけてもらった覚えがなく、
けれども世間体を気にする両親からは、暗にプレッシャーをかけられました。

私が母親になるまでは、全部両親のせいにしていれば良かったんです。
だけど、もう私自身が母親だから、そういうわけにはいかなくなりました。
けれど、母を許すこともできない。
何故って、私が母と同じことをしても許してしまうということになるから。
母親を許せない=母親になった私自身も許せない、
全部自分のせい。
こんな図式になってしまいました。

他人のせいにできないのです。
それってとてもいいように見えるかもしれませんが、
すごく精神的に負担が大きい状態です。

そんな状況で逼迫した状況になってくると、私の中の母似の部分が芽を出すのです。
「なんで私だってしんどいのに、私がこんなにやらなければならないの!」
普段抑制している自分勝手な怒りが一気に噴き出すのです。
まさに、自分のコントロールができない状態です。

だけど、一瞬噴き出した後、また理性で抑制が利きます。
反省し、落ち込みます。大泣きします。
しばらくは小康状態。

しかし、逼迫した状況の中なので、長く安定していられるはずがなく…。
抑制があまり利かなくなっているので、幻聴も聞こえ、
再度大噴火を起こします。
そして反省、大泣き。
この繰り返し。

「周りの人だって、きっと疲れちゃう。
子供だって旦那さんだって可哀想。
子供だって変なお母さん見て混乱してるよ。
大好きな人たちを傷つけるしか出来ないなんて最低だね。
あんたみたいな人が母親なんて無理だったんだよ。
帰る場所なんてとうにないんだ。」
思っていることを、そのまま幻聴さんに言われ…
本当に心の居場所がありませんね。

主人に訴えてもどうにもならないんです。
主人にこれ以上やってもらうことなんて出来ないですからね。
やっと回復できた今になってまで負担をかけたくないのです。
これは私の問題なんだと思っています。
私の力で乗り越えるべき問題。
娘へ伝えるべきでない問題なのです。

さあ、どうやったらこの苦しみを越えて行けるかな。
本心では逃げ出したい気持もあるけれど、
なかなかそうもいかないみたいなので頑張ろうと思います。

ぐちゃぐちゃでまとまりがなくて、怒ったり泣いたり笑ったりころころ変わって、
あまり家事もせず寝ていることもあるような、そんなお母さんでも娘は許してくれるかな。
もし許してくれなくても、お母さんはあなたを愛しているよ。





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10:02 病気 | コメント(0)

消えない・消せない言葉

2012/03/19
言われて傷ついた言葉がある。
何年経とうと、消せない、忘れられない言葉がある。

「どうせ初めてじゃないんだろう!」
「自分でもびっくりするほど好きじゃなくなったんだ。」

今日みたいな眠れない夜に必ず聞こえる言葉。
その時言われた状況・相手の表情。
そのままを思い出す。
まるで、呪いの言葉みたいに、私を過去へ縛り付ける。

どうしても逃れられないみたいだ。
いくら努力しても逃れられない。
否、努力すればするほど逃れられないようになってしまったのかな。

病気になってから、私は努力が嫌になった。
どうせ報われないのだから、と。
だけど、人生は報われないことのほうが案外と多いもので…、
そんな時に私は上の言葉を思い出すのかもしれない。

頑張っても無駄じゃない。
きっとそれは本当だし、嘘でもある。
頑張り方が間違えていると、無駄になってしまうことを若い時に知った。
特に「運」の要素が絡んでいると、頑張りが余計虚しく感じられてしまうことすらあるのだから。

眠れないこんな夜はどうやり過ごそう。
前のように眠剤に頼ることももう出来ない。


そう、昨夜なぜか昔よく見ていたおぞましい夢を思い出した。
保育所か幼稚園で私はお手洗いへ行こうとする。
だけど、すべてのお手洗いは汚物でひどく汚れていて、私は用を足せないのだ。
なぜかトイレは広くて、行けども行けども汚物まみれ。
そんな夢を毎晩のように見ていた。
確かお昼寝でも見ていた。

どうして今さらそんなことを思い出したのかわからない。
けれど、私はその頃お手洗いが嫌いだったのをよく覚えている。
自宅や学校に関わらず、ひどく嫌悪感があった。
だからなんだろう。
私は幼少期、おむつが外れた後もちろん自分でトイレへ行くことはできたが、
トイレへ行くのが嫌で嫌で限界まで我慢をして、おもらしをしたことがよくあった。
おもらしも嫌だったけれど、トイレへ行くのがそれ以上に嫌だった。
今でもお手洗いが汚れているのだけは潔癖なまでに許せないのは、それが関係しているのかもしれない。

夫に話してみると
「おむつはずれの時期のトラブルとおねしょとかって、虐待とかが関係してるらしいよ。」
という答えだった。

そうなんだろうな、という答えだった。
私自身そういうことがきっと関係していると、頭のどこかで予想していたから。


いつからだろう。
私は頑張り方の間違いに気付き、努力すること全般に関しても諦めを覚えてしまった。
それが楽な生き方だし、諦めない方が苦しいことも多いだろう。
だけど、忘れる努力もやめてしまっていいのかな?
忘れた方がいいことって多いのに。
実際、忘れてしまいたいことであるにも関わらず。

今は一応「諦めない生き方」を選択している。
でも、昔の習性がひょこっと顔を出し、「諦めろ」と言うのだ。
昔の呪いの言葉に縛られていろと。

呪縛を解くのは私。
きっと他の誰でもない。
いつか、私の心の奥に積もった呪縛の言葉さえも、解ける日がくるのだろうか。

やはり私は諦めない選択で行きたいと思う。





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22:34 過去 | コメント(0)

愛情のある叱り方

2012/03/12
私は叱られる、という経験があまりない。
無論、怒られた経験ならたくさんある。
しかも夫曰く、多分人並み以上に。

だから怒られることなんて嫌なことでしかない。
怒られる=自分の欠点を指摘される、若しくは前述と同じだが、
相手の怒りと自分の怒りの範疇とが異なっている、そういう認識なのだ。

だから夫はそれを知っているから私を怒らない。
言い方を工夫して別のやり方の提案をしてくれる。
優しい夫だ。
そして、少しばかり羨ましい人でもある。
私の知らない色んなことを知っている。
勿論、私だけが知っていることもあるけれど。


今や私も母親。叱る立場である。
私は愛情のある叱り方を知らないから、時折自分の感情で娘を怒ってしまう。
だってわからないのだから。
だけど、フォローをする。
夫にもフォローをお願いする。

抱き締めて、ごめんねと謝る。
お母さん、怒りすぎたね、怒り方間違えたね、と。
だけど忘れないで、あなたは大事な子よ、大好きよと言う。


愛情のある叱り方を知らない私と知っている夫。
だけど歪かもしれないけど、私は娘を愛している。
言うまでもなく夫は娘を愛している。
両親から愛されることを知っている娘。

良かった。
私だけじゃ娘はこんなに幸せじゃなかっただろうね。
何よりの心の財産を手にしている娘がいとおしくて、守ってやりたい。


知らなければ知ればいいのだ。
無ければ手に入れればいい。
知らないことも、無いことも恥ずべきことではない。
持つ人を妬んでもいい。
だけど、それで虚しいと思うならば、やはり知り、手に入れるほうがいい。

大丈夫、知らなかった私さえも今手にしつつある。
いつでも自分は変われる。
諦める方が簡単だろう。
諦めないのは難しいし、苦しい。

けれど、やはり人が満足を感じるのは、モノじゃなくて愛情。
自分が与える立場になれば、皆も与えてくれる。
不満を言いながらでもいい。
諦めずに、与える立場になっていきたい。





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15:01 病気 | コメント(0)

パンドラの箱に残ったもの?

2012/03/07
私は本当に子供を産むまでは、自分は結婚も妊娠もしないと思っていました。
何故って、すごい量の薬を飲んでいたし、そうなるとそのうち肝臓か腎臓がやられると思っていたから。

紆余曲折あってした結婚で、自分が望んでいることも、相手に特別に望まれていることもないと思っていました。
それだけ心がボロボロだったのかもしれません。

けれど、子供だけは自分の体の中から生まれてきたものとは思えないくらい神聖なものでした。
今から思えばとても不思議です。
親からの愛情を全く信じてなかった私が感じた母性。
今でもたまにそれが大きく揺らぐことがありますが、それでも子供へ感じる慈愛・母性。

初めは私、それを旦那さんからもらったんだと思っていました。
旦那さんが旦那さんのお母さんからもらったものを、私にね。

けれど、今距離を置いてみて思うのは、きっと私の母にも私に対して同じことを(少ないとは思うけれども)感じてくれていたんだろうなということ。
それはパンドラの箱に最後に残っていた希望に近いもので…。
そうすると、私は妙に安心しました。
昔幼いころに母にしてもらったことが、少しずつ、少ーしずつ出てきたのです。
手作りの通学バッグや、高校時代の毎日のお弁当…。

基本的に母は自分で精一杯な人でした。
だけど、きっと、それでもわずかな時間であれ、私に時間を注いでくれた事実があったのです。
私は今まで見ようとしていなかった事実があっただけだったのかもしれません。

時間があまりに経ってしまったけれど、
もう「ありがとう」なんて言えないけれど、
それでも
「まあいいじゃない?(笑)」
といった具合に笑い飛ばしておこうと思います。

何故なら希望とは笑顔の始まりだと思うからです。

そんな希望がどうか皆様も少しでいいから見つかりますように。。。。





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09:05 病気 | コメント(0)

過覚醒、それから真っ逆さま

2012/03/04
実はこの一週間ほど妙な調子だった。
家事をかなりの勢いでこなし、それ以上のことをし、
MT車の練習をし(AT限定解除をするため)、筋トレ・エアロバイクなどを
みっちりやっていた。

けれど、情緒は不安定。
焦燥感に駆られ、イライラし、悪夢に襲われて眠るのが怖くなった。
気を抜くと、体が溶け出し墜ちてゆくような感じに囚われた。
イライラや焦燥感はメジャートランキライザーの少量でコントロールできた。
カウンセラーもPTSDの過覚醒ということで様子を見ようと言った。
しばらくしたら落ち着きますよ、来週もこうだと少し考えましょう、と。

カウンセラーの言うことは当たり、今どん底の落ち目を迎えている。

食べ物に味がしない。
何の感動も感じない。
ただ、横になっていたい。
ああ、消えたくなってきたなぁ。

こんな感じだ。
あの焦燥感はどこにいったんだろうか。
心の隅に感じはするけれど、もはや大きな範囲を占めていない。
今心に主にあるものなんて、あるんだろうか、
そう思うほどに心が麻痺してしまっている気がする。

こんな日は子供の声がする。
「お母さん、私悪くない?」
耳鳴りと同時に声がするのを気分の悪さを感じながら、今日もどうにか過ごせたことにだけ安堵する。

こんな不快な波に今は揺られるだけ。
けれども、何もしないのは簡単なようで難しい。
ジタバタしたくなるのが人間だから。

もし明日自分が何もできなくても、明日の私は私を褒めてやろうと思う。




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20:51 病気 | コメント(2)

初めて何かをするなら苦手分野もいいかも?

2012/03/02
と、思う今日この頃です。
だいたい毎日何らかのトレーニングをしているけれど、
これもまだ半年ほどの話。

夏場は水泳、それからダンベルやシットアップで筋トレ、
今はエアロバイクにランニングなどの有酸素…。
色々やっていますが、頑張った甲斐もあって体は徐々に変わってきてます。
心拍数が最大心拍数(220-年齢-安静時心拍数)の80%超えても、あまり苦しくないという。
ちなみに運動不足の人は60%からスタートです。(私は無視しましたが^^;)
ようやく30分走り続けられるようになりました。
まだまだ亀ペースですが(笑)


私は病気で自信を完全に喪失していました。
もともと自信なんかなかったけれど、その脆い自信を支えるために、
高いプライドを必死で守っていました。
けれど、それも崩れ去ってしまって、何をするのも怖くなっていました。

特に苦手なのが何か一つのことを続けるということ。
ピアノも練習するのに近所に気を遣って出来なかったし、
書道も人が気になって出来なかった。
運動なんて、苦手の最たるものでしたが、
それが不思議と続けられて段々楽しくなってきました。
違いは、主人が一緒にやってくれたからかなと思います。

誰か(特に自分の身近な人)と一緒にやるのっていいです。
だから病院の作業療法っていいのかもしれませんね。
ただ、作業療法も初めはちょっとおっかなびっくりですから、
信頼できる人が近くにいるならば、その人とがオススメです。

あと、自分が得意だったものはあまりオススメしないです^^;
どうしても「できたはずなのに~!!」ってなってしまいます。
上手・下手が気にならないものがいいと思います。
私は下手なものが良かったみたいです。
下手だもん、出来ないもん!って割り切って出来ますからね(笑)

しかも上達する過程が楽しいです。
私でもこんなにできるんだ~って思えます。
標準レベルになっただけで大喜びですから、私(笑)

楽しみ方は人それぞれ。
継続は力なり。
継続こそが一番難しいけれど、楽しみながら続けていきたいと思う運動なのでした。

あ、でも家事も日々生きることも全て継続あってのことです。
難しいことを皆やっているんですよね。
それも忘れないでいたいと思います。




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20:08 日常 | コメント(4)
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