10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

スポンサーサイト

--/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- スポンサー広告

うつ病と喘息の併発

2011/11/27
先日子供が風邪をひいて気管支炎になった。
そして私も風邪をもらって気管支炎になった。
夜はひっきりなしに咳をして、ろくに眠れなかった。
咳で体力を消耗するので、咳き込むたびに苦しくて仕方がなかった。
風邪の症状はある程度治まったが、咳だけは残った。
しかも、呼吸をすると「ぜーぜー」という音がしていたので、
後日病院を受診すると喘息と診断された。

まあ、吸入の薬(長期管理用)もあるのだし、大丈夫だろうなどとタカをくくっていたのだが、甘かった。
咳、咳、咳。
少しでも横になると咳が止まらない。
咳が咳を誘発する。
吸入もしてみたが、即効性のない薬だった。
起きると治まるのだが、それでは眠れない。
仕方がないから座って寝ようとしたが、ここは北の大地。
さすがに寒くて厳しい。
それでも座って眠りに落ちようとすると容赦なく咳が襲った。
喉がひりひり痛いし、咳をする度に体力の1/10ずつ減って行くようなそんな苦しさだった。
咳が引いて眠りに身を任せられたのは、明け方だった。

しかし、起床と同時にまた発作。
心配した主人が再度受診を勧めたので、また病院へ行くことにした。
今度出されたのは、発作時の吸入器、咳中枢に働いて止める咳止め、痰切りの薬だった。
発作時の吸入、これは効いた。
しかし、一日五回まで。
あまり気軽に使えるものではない。
仕方ないので、外出時や就寝前後に使用を絞ることにした。
しかも、副作用である手の震えや動悸、倦怠感がひどく、
うつ病をまだ患っている私にはかなりキツイものだった。
何せ自律神経の切り替えがうまく出来なくなっている状態で、この薬で交感神経が活発にされて、
その一方で抗不安薬を飲み、顎関節症治療で筋弛緩薬を飲んでいるのだ。
もう身体がバラバラになりそうである。

しかも、就寝時は吸入器の効き目さえも今一つだった。
仕方なく咳止めを飲んだ。(この咳止め、すご~~~~~~~~く(!!)まずいのだ。)
すると1時間くらいでようやく眠りに就けた。
こんなに寝たのは1週間ぶりかもしれない。

そして、翌日。
少々長期管理用の薬が効き始めて来たのか、少し落ち着いていた。
しかし、喉につっかえた感じや喘鳴(ぜーぜー、ヒューヒュー音)は消えず、短い咳を繰り返した。
何より息苦しい。
気分的に落ち込まないはずはなかった。
勿論、家事に支障は来たしている。
主人には感謝してもしきれないくらいだ。

喘息だと言われてもショックというほどの衝撃はなかった。
自分の身体だから何だか妙なのはしっていたし、それならば仕方がないと言う感じだった。
でも、今更になって気持ちが沈んできた。
それは、何が普通の状態なのか、わからなくなってきたからだと思う。

喘息の発作が普通なのか、発作まではいかないまでも喘鳴がある状態が普通なのか、
息苦しいのが普通なのか…。
そう言えば、うつがひどい頃もそうだった。
傷んだ自分の心を嘆いた。
だけど、ゆっくりながらも治っていっていたから、当初のボロボロに傷んだ心を忘れていたのである。
今は身体。傷んだ自分の身体を嘆いている。元気だったのに、と。
それが健康な人の感覚なのだろう。
苦しい時は苦しいと言い、それが終わると忘れる。
でも、終わらなければ…?
傷んだ状態が普通になる・
だから、うつ病は苦しい。
だから、慢性の病気は苦しい。
なんて、当たり前のことを忘れていたんだろうと思う。
病気がこれほどまでに苦しいことを。
自分のこれまでの「普通」がどれほど自己中心的であるかを。
私は自分を馬鹿だと思った。

でも、それと同時に心は温かさが溢れていた。
きっとこのことを忘れなければ、人の痛みを少しでもわかることが出来るのだろう。
どこが悪くても、絶対に辛い。
だけど、それでも私は幸せ。
少しでも誰かや自分に優しくなれた今日が幸せ。
そうやって、少しだけweb上で胸を張ってみる。
それがきっと回復への道へと繋がっているから…。




↓一日一回有効です。応援よろしくお願いします。
スポンサーサイト
22:16 病気 | コメント(2)

回復途上の苦しみ

2011/11/11
というのを日々感じている。

たまに襲ってくる不調。
それがどうしようもなく辛い。

でも、前のように寝ているわけにもいかないので、
無理をして動いていると、あちこちに不調が起きてくる。
まず、胃腸がやられ、顎関節症による痛みがやって来る。
また頭痛や様々な不定愁訴が現れる。

ある日のカウンセリングで言われた。
「Sigurorさんは、私が~という自分が主語の話題が少ないんですね。
いつも子供が~だったり、主人が~が多い気がします。
人に振り回されているという感覚はありますか?」

なんと、私は全く気が付いていなかったのである。
勿論、振り回されているだなんてそんな感覚など全くない。
振り回されているからといって他人を責めるだとかそういうことはないけれど、
そういう認識をすることは大事らしい。
それで気持ちの落とし所を付けやすくなるらしいのだ。
認識しないままでいると、自分が悪いという自責に変わってしまうからだそうだ。

回復途上にある今、私は段々自分を主張することが(これでも)若干増えて来た気がする。
だけど、やはり自分に自信がないから、引っ込めてしまったり引き下がったりする。

自信なんてやはり微塵もない。
昔は、そりゃ昔は私だってあった。
一時は万能とさえ思ったくらいあった。

だけど、病気によって全てが覆されて、
両親によって創られたプライドは、その両親によって壊されて何の役にも立たなくなり、
私は人生を旅するのに地図を失った状態になった。

病気において、自信の回復が一番難しいのではないか。
私は、自己というものよりはるか高い所に(両親によって創られた)プライドがあったので、
今でも時折昔のままの自信が顔を一瞬出そうとする。
特に昔やっていたことをやろうとする時に。
しかし、その0.1秒後にはその自信は崩壊する。
何故なら、今は自己というものの形成さえ途上だからである。

よくうつ病患者は回復期に自殺する危険性が高まるという。
それは回復しかけていた自信がまた一度崩れる時が危険だということなのだろう。

この前あるマンガを読んだ。
ヤサシイワタシ」作:ひぐちアサ
アダルトチルドレンに興味のある方は読んでみるといいかもしれない。
かなり変わった漫画であろう。
メンタルの調子があまりよくない時は読むのはお勧めしないけれども。

そう、まさに私はそんな感じだったのだ。
「私エライでしょ、エライでしょ?エライって言ってよ。」
と怒って言うような…。

私が昔「やってしまった」のも、きっとあんな感じだった。
今も昔も自分でも何故首なんか吊ったのかわからないのだから。

今もたまに、そう、ごくたまに、ああいう気分になる。
暗い闇に、もしかしたら自分の闇に引き込まれそうな時…。

だけど、そういう時にこそ力を発揮するのが、根拠のない自信なのだから人とは不思議なものである。
これも回復の苦しみと同時に味わう、不思議な気持ちなのであろう。

暗い所に引きずられそうな時は、是非私のように回復している人がいることも思い出してほしい。

どうか、光が射すところへ行けますように。。。。。





↓一日一回有効です。応援よろしくお願いします。
16:14 病気 | コメント(15)

同窓会

2011/11/04
の招待状が実家に送られてきたらしい。

勿論、遠い北国にいるので、行けない。
行くつもりもない。

だけど、何だか不思議な気持ちで。
懐かしいようなそんな気持ちも漂う自分に戸惑う。
行くつもりもないのに。

過去の自分を知りたくない。
知っている人になど会いたくない。
昔の自分など全くの別人にだと思いたい。
けれど、この気持ちは誰かの昔の気持ちの片鱗なのか。
私を忘れないでとも一瞬思った。
両極端でアンビバレントな感情に私は苦しんだ。

もう忘れてしまいたいのに。
なぜ昔のことにこだわるんだろう。
まるで、忘れたくないかのようだ。
覚えていないから、こだわるのだろうか。

過去の清算は難しい。




↓一日一回有効です。応援よろしくお願いします。
19:52 病気 | コメント(0)
 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。