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人間不信

2011/09/26
私はいつからか人間不信でした。
それはきっと、もう物心のつく頃から。

最近払拭されつつあった人間不信でしたが、少しのことでまたその芽は芽吹き、
私を絶え間なく苛立たせている。
残念ながら長年培った人間不信の種は消えてはくれないらしいです。
元へ戻ろうとする力は強いです。

人間不信、というとある人を思い出します。
あの人も人間不信を根底に抱えていました。
互いに人間不信でありながら、何故か共にいたあの人に会いたくなります。

多重人格はありていに言えば「治った」ということになるのでしょう。
しかし、それは表向きの場合であり、
内部では絶えず本人が生きやすいよう調整がなされています。
まだ本人の記憶は穴だらけなのです。
そのうちそれに気が付く前に、その補正すら上手く隠してしまいますがね。
余計なことは忘れたままでいいということです。
今は辛いことを受け入れるだけの余地などないのだから。
いつか受け入れるだけの余裕がある時に、全てお返ししようと思っています。

トラウマのフラッシュバック。
あれもそうらしいですよ。
久しぶりにフラッシュバックをするのは、もう思い出しても大丈夫だろうということらしいです。
悲しみの中に入っているのは、本当に悲しみだけなのかしら?
もしかしたら、今ではほんの少しの希望も入っているのかもしれませんね。
しかも、未来への希望が。





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10:13 病気 | コメント(6)

自分を苛めてみる

2011/09/18
と言うのは、自傷行為をしているわけではない。
単に自分を鍛えているわけだ。
水泳に卓球、筋トレも含めたジム通い。

初めは夫に進められて嫌々始めた運動だったが、
今では一日置くとちょっと身体がうずうずするようにまでなった。

人は景色を見ながら走るというけれど、私は景色を見て走ることができないらしい。
つまり、妙な話だけれど、マシーンの上で走るのが性分にあっているみたいなのだ。
景色を見ると、色々物事が頭をかすめて仕方がないのだ。
まだ走り始めて間がないせいもあるだろうけれど、一点を見据え、鼓動と呼吸を感じながら走るのがいい。
頭が空白になる、唯一の時間である。
誰と話をしなくても、いい時間だ。

だからだろうか。
最近は随分メンタルが安定してきたように思える。
私に足りていなかったのは、どうやら自分を鍛えることだったみたいである。
苛め…に関しては、過激なほどまでにやったと思うので、もう必要ないと思う。

鍛えるというのは一見苛めているようにも見えるかもしれないが、
ちょっとだけ違うと思う。
苛めは自分を弱体化させているニュアンスがあるが、
鍛えるというと強化させているニュアンスを含むだろう。

どうやら学生時代以来、運動は随分サボって来たので、
今になって結構なツケを払うことになりそうである。
ちなみに一時体重が30kg台に突入した時は、筋トレと食事制限のみで、
トレーニングと呼べるものではなかった。
頑張ったら10数年間でついた贅肉も落とせそうだ(笑)
ちなみに現在の結果は、骨格筋率(筋肉の確率)が上がった分、体重は変わらないが、
少しばかり引き締まった。
私はそれをデニムを穿くたびに、ほくそ笑みながら実感している。
これからは体重も絞っていくのだ、と野望に満ちた顔で。

これもある程度回復したからなのだろうか。
勿論波はあって、ひどい時は解離して記憶がすっぽり抜け落ちる。
薬の力も存分に借りる。
だけど、「底」の反対の「蓋」が随分高くなったような気がする。
ある程度強制力のある運動が必要なのは、入院生活からもわかっていたが、
まさかここまでとは。

少し「蓋」が高くなってきた人には、運動はオススメしたい。
食事も摂れるようになるし、外出にもつながる。
リハビリみたいなものだろう。

いつしか「底」も上がって来るだろうか。
その結果が出た頃に、また続きの記事を書きたいものである。





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19:53 病気 | コメント(0)

起きてあった世界とは

2011/09/14
時間が約6年経過した世界だった。
心だけ置き去りで、身体はしっかりのその間の時を刻んでいた。

家族を築き、家庭を守っていた。

消えた空白の6年間を知りたくて、私はやっとここに辿りついた。
知りたくないことがほとんどで、少しだけ読んで私は読むのを止めた。
ありがちな表現だけれど、パンドラの箱を開けるような気分になったのだ。
でも、そこに希望はあるのかな?


目覚めてもう2週間あまり。
憂鬱な気分は根底に残るものの、生活を著しく乱すものではない。
気分が重いながらも、運動をし、家事をし、生活を回している。
薬は以前に比べたら格段に減った気がする。
不思議なことに記憶がすっぽり抜けているわりには、料理や育児のこと、
何がどこにあるとか細かいことは覚えている。
環境には違和感がない。
違和感があるのは、自分くらい…。

だけど、どうしても苦痛なのが、人に会うこと。
それだけが嫌でたまらない。
買い物はいい。買い物メモさえ作っていればできる。
保育所の送り迎え。これは頓服を飲んで挑む。
病院。診察やカウンセリングはいい。
でも、作業療法は苦痛。なぜって、人に話しかけられたら、返さないといけないから…。

私のことなど放っておいてくれる場所、私のことなんて誰も知らないところがいい。
だから、保育所や病院の「受け答え」が必要な場所はどうしても苦手だ。
苦しいと思いつつも、引き攣った笑顔を無理やり作って、挨拶する。
人に合わせて、常識のある行動をするように求められている。
それなのに、参観日なんて……。
私には難しすぎる。
娘の姿を見に行かないと、そう思っても、奈何せん苦しい。

数日間、ずっと触ってなかったネットや現実を彷徨って導き出された答えは、
やっぱり目が覚めても私は病気だという事実だった。
意味もなく死にたくなるのはそのせいなんだろう。
昔のようにハッキリとした強烈なものではなく、もっとぼんやりとした妄想めいたものだけれど。
白でもなく、黒でもない、うっすら濁った灰色のような気持ち。
無理すればできるけど、やりたくない…。
私はやっぱりうつ病なのだろう。
本当は書道の競書作品を書かなければいけないのに、
心が、身体が動こうとしない。



ちなみに、どこかのHPに
「適切な治療を受けないと、うつ病は徒に長引く。また、適切な診断を受けないと、適切な治療も受けられない。」
みたいなことを書いてあった。
ずっと今ような状況が続いていたとしたら、それは
①適切な治療ではない
②適切な診断ではない
のどちらが当てはまるということになりはしないだろうか。

昔の診断書は解離性障害。今の診断書はうつ病。
今のは主に見られる症状ということとして、受け取っておく。
(つまり、便宜的なものとして、代表でうつ病ということ)
医師との信頼関係は特に問題ないと思われる。
医師の能力においては、私が測れるところではなさそうだ。
どうも薬云々ではなく、治療をしにくいのが解離性障害なのだろう、という結論に行きつく。
解離性障害の周辺に、うつ病だとか境界性パーソナリティーなどもありそうだし、
これが一番やっかいなんだろうと私は思った。
所謂私は合併症状が多いということになる。
しかし、解離性障害の治療は実はかなり曖昧なものらしい。確立などされていない。
症状に応じての投薬(鬱なら抗鬱剤とか、不安なら抗不安薬とか)、
つまり対症療法的なところがあるので、何ともやりにくい病気なんだろう。
解離性障害は病気の「根っこ」がわからないと本当の意味での治療にならないし、
「根っこ」がわかったとしても、治療まで非常に長い時間を要するみたいだ。

私の場合、「根っこ」はだいたい分かっている。
昔、指の爪は全て噛んでなかったことから、推測は容易だ。
手の爪だけでは足りず、足の爪すら齧ったこともあった。
忘れたフリをしていただけ。

人生に於ける最大の試練(?)、両親越えをしなくてはならないらしい。
ゆっくりゆっくり、進めて行こう。
忘れてしまっている6年間の分も、ゆっくりゆっくり進めて行こう。

いつか大地に深く根を張り、大きな大樹となるように。





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11:46 病気 | コメント(4)
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