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今振り返れば

2009/07/30
5年前、初めて私たちを「解離性障害」と診断した医師は、
その時田舎では珍しい「的確な診断を下せる医師」だったのかもしれない。

当初は「うつ病」という診断で入院したのだが、
治療の過程で解離の症状を認め、
ある一定の距離を保ち、私たち複数の意見に耳を傾けてくれた。
病院に「安心していられる居場所」を見つけられた。
だからこそ、入院によって一時的に回復したのかもしれない。

しかし、若かったその医師は転勤によって担当医師から外れ、
その後は同じくらい若い医師―専門が違う医師が担当し、
また外れ、また別の医師が担当となり…

初めから病気の経過を知る者がいなくなり、
再び別の病気「うつ病」として扱われるようになった。

以降、「本人」はうつ病だと信じて疑わなかったし、
解離の病的症状(自傷時の記憶がない、頭の中で声がする等)についても、
うつ病の症状の一種であると一言で片付けられた。

それが、「本人」以外の私たちを苛立たせたことは言うまでもない。
どんどん、病態は悪化していった。

確かに解離性障害と他の精神障害との鑑別は困難なようである。
解離性障害と気分障害(うつ病や双極性障害と言われる躁うつ病)、
境界性パーソナリティ障害、統合失調症、摂食障害、てんかん…etc
どれも判断基準が定まっておらず、
(とくに統合失調症の基準「シュナイダー一級」については多く当てはまる)
併発している可能性もあるだけに、慎重になる必要があるらしい。
医師の専門に左右される部分も少なからずあるだろう。
その上、解離を専門としている医師は日本では数少ない。
(解離を研究しているというだけで学会で隅に縮こまることを余儀なくされるらしい。)
実際、解離性同一性障害と診断されるまでに最低5,6年はかかると言われている。

実は、5年前の診断名を改めて知ったのは去年のことである。
遡及請求のために当時の病院に診断書を求めたところ、
出てきたのが「解離性障害」の診断だった。
勿論、当時入院の際に説明を受けていたはずだが、
その記憶は「本人」のみが知るところとなってしまい、
すっかり捨て置かれたものになっていた。

「解離性障害は治る」
そう先日読んだ「解離性障害」という本には書かれていた。
その治療法として、まず患者に「安心できる居場所」を与えてやる必要性が
述べられていた。
患者の生活史や生育環境に応じて、もし家庭に居場所がないなら、
入院を勧めるのも一つの手段だと書かれていた。

何とも口惜しい気分だった。
つい「もし、あの時~だったら…」という仮定法が何度も口からこぼれた。
同時に大学病院の無責任さにも腹立たしさを覚えた。
研究のためにならない患者は適当に扱われ、入院を認められなかった。
運良く入院できても、医師のかたい態度により、
私たちも態度をかたくせざるを得なかった。
結果、転院に転院を重ね、「安心できる居場所」は失われたままだった。

今現在は違う場所に「安心できる居場所」を獲得したからこそ、
落ち着いているのかもしれない。
医師もDIDを認め、見守ってくれている。

やはり環境なのだ。
医師との出会いも然り己を置く環境に恵まれないと、
DIDであれ、うつ病であれ、統合失調症であれ、どんな心の病気も良くならない。

日本は医師が余っていると聞いたことがある。
特に近年心療内科や精神科、メンタルクリニックを掲げる医院は
爆発的に増えたのではないだろうか。
しかし、その一方で足りないとも聞く。
メンタル系の医師は増えたにも関わらず、解離を専門とする医師は依然と少ない。
過疎地域での産婦人科医や小児科医の不足は深刻だし、
離島では医師自体が不足している。
都市部や人気の科に医師が集中する。

何とも悲しい現実だ。
残念ながら環境を整えることすら難しい。
しかし、嘆いてばかりもいられない。
自ら知り、できることをしたいと思う。
経験からも言えることだが、待っていては状況は改善されないのだ。
私は絶えず、貪欲に知ることを求めていきたい。



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22:10 病気 | コメント(5)

報告

2009/07/29
どうも、お久しぶりです。
長い間お休みしてしまいました。

内部が荒れていたり、
体調が優れなかったこともあり、
画面に向き合えない日が続きました。
しかし、どうにか一段落ついて久しぶりに更新しています。

お薬は今最低限まで減らすことに成功しています。
一日一回だけ服用しています。
それで辛い時もありますが、頓服を服用すると耐えられる程度なので、
いい経過だと言ってもよいでしょう。
授乳も母乳を考えているので、ひとまず安心。

お腹はすっかり大きくなりました。
お臍が伸びた…ような…(;^ω^)
順調らしく、赤ちゃんがよく動いています。
特に寝る前は激しいアクションを見せてくれます。
お陰で睡眠不足気味ですが(苦笑)
これも母になる喜びのひとつでしょうね。

さて、ここしばらくのお休み中に「内部システム」は少し変化したようです。

・管理者と表層部(主に外に出る人たちが集まるところ)の中間役に一人補充。
・「憎悪」担当人格発見
・子供人格発見

以上です。実は私は内部に関してはほったらかしなので、そんなに知らないです(苦笑)
また内部の人が書くでしょう、そんなノリですね←

それでは今日はこの辺で。
また近日更新します(出来たらになりますが^^;)
余談になりますが、天候が優れない(こちらは雨か曇りの日々)のもあってか、
妊娠中のせいなのか、イライラがひどいです。
どうか、皆様にも心穏やかな時間が訪れますように。。。



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23:16 日常 | コメント(2)

感情の解放と過呼吸

2009/07/19
最近、「内部」が混乱しています。
その乱れのせいで生まれたと思われる凶暴な人格を確認しました。

もともと「怒り」という感情が薄かったのかもしれません。
特に、最近はほとんど「憤り」や「激しい怒り」を感じていませんでした。

きっかけは、ほんの少しのこと。
親切心から、心の病気で苦しむ人へ一言アドバイスをしました。
けれど、その相手は自分の苦しさしか見えてない様子でした。
私は「ん?」と少し疑問を覚えましたが、さほど気にしていませんでした。

が。
怒った人格がいました。
「無礼なんじゃ!!礼儀っちゅうもんを知らんのか!」
と激怒。

すると、過呼吸の症状が。
指先が痺れ、空気が薄く感じます。
マグマのような怒りを抑えようとすればするほど、ひどくなるばかり…。
現在はお薬も簡単に飲めません。
通常、過呼吸は1時間もあれば余裕で治まるもの(これまでは20分程でした)ですが、
1時間以上続きました。
1時間経っても、しばらくは指先が麻痺状態でした。

過呼吸の主な原因は、一般的に不安とストレスだとされています。
けれど、どうも怒りなど感情の爆発などとも結びついているようです。
きっと感情の爆発は、不安と一体になっているせいでしょうね。
感情を爆発させてしまうと、自分がどのようになるのか不安になるからです。

2年前ほど前、よく人格交代の際に過呼吸を伴いました。
これは、一人一人感じることが違い(性格が違いますからね)、
一種の感情の爆発を伴うことも多かったからだと、現在改めて思います。
(ある程度システムが確立してからは、
皆落ち着いたので急な感情の爆発もなく、過呼吸を伴わなくなりました。)
ちなみに、数週間前にFB(フラッシュバック)を起こした後にも過呼吸を起こしています。

それで、肝心の過呼吸の治療ですが…
残念ながら原因を解決することが根本的な治療になると思われるので、
(私たちの場合は)そうそう完治はしないようです…。
原因が複雑でない場合、自分の感情をよく知ることが
回復の第一歩になるかもしれません。
幼い頃から押し殺してきた無意識の感情を知るなど、
他の病気(例えばACなど)の治療にも役立つ可能性はありそうです。

応急的に出来るのは対症療法ですね。
ええ、ご存知の方も多いと思いますが、
主な過呼吸の対処法はペーパーバックです。

鼻と口を袋(中くらいのビニール。紙だと破ってしまう)で覆い、
自分の呼気を吸い込みます。
これで大体15分で治まります。
二酸化炭素の濃度が下がり、身体がアルカリ性にひどく傾いているので、
自分の呼気、つまり二酸化炭素をまた吸い込むことで、元に戻していきます。
少しずつ痺れが取れてきたら、指を一本ずつ動かすなどして慣らしていきます。

自分自身でできることは、「大丈夫、治まる」と言い聞かせること。
周りの人にご協力願いたいのは、不安を煽るような行動は控え、
背中を撫でたり、安心できるような言葉をかげてあげること。
頻発している方には、早めに頓服(ワイパックスやセルシン/ホリゾンなど)を
飲ませてあげてください。
もしかしたら、ペーパーバックを強いられることで不安を強くする場合もあるので、
ご注意ください。

…とまあ、月並みですが書いておきます。(本当に月並み…

とにかく、人というものは何でも―そう、例え抑えているものでも、
別の形になって表します。
そのメッセージに早く気付いて対処すること、
それが一番大事だと思います。
私が今日の過呼吸で感じたのは、私たち全体として、
礼儀を欠いたことであれば少しのことであろうと(相当の)怒りを感じるということです。
ただ、それが誰か一人に偏っているだけなんですね…。
その事実をどう受け止めるか、考えていきたいです。

余談になりますが、自分が人様の礼儀に対して煩い以上、
自分自身の人に対しての礼儀についても厳しくありたいとも思った私でした。



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22:25 病気 | コメント(0)

統合というもの

2009/07/16
それは簡単に言えば、似た人格をくっつけること。

知り合いのDIDの人は割とあることらしいです。
勿論、失敗することもあるらしいけれども。

私たちの場合、似ている人格や役割が重なっている人格はいないので、
統合したことはありません。
だから、基本人格と統合することなんて、
考えただけでも「無理!」って思ってしまいます(;´・ω・)

例えるなら基本人格を中心に各人格が放射線状に広がって点在している感じ、
でしょうかね…。
イメージとしてはベクトルですね。
皆、矢印の向きも長さも違います。これがそれぞれのアイデンティティだと思います。
かと言って、基本人格が数学でいうx軸とy軸の交点Oに位置しているわけではありません。
つまり、私が考える統合というのは、適切な場所にその「中心」を定めて
そこに皆が集まることだと思っています。
(共存のスタンスとしては、近年落ち着いている主人格を中心に置く場合が多いですが)

基本人格(オリジナル)がベースになっている(と思われる)人格でも、
その一部の性質を特化した場合が多いので、基本的に別人です。
勿論、身内も見抜けないほどの真似ができる人格は存在しますが、
それも「真似をする必要性」から生まれた存在なので、別人扱いです。

というか、余談になりますが、「人格」という形になる以前のものもあるので、
(人格と呼ぶには、まだ常駐しておらず存在が不安定でアイデンティティを欠いている)
その辺をどう扱っていくか、というのも統合に必要だと思われます。
あ、共存のための環境としても区画整理や整理整頓は必要ですね。

しかし、この整理整頓は難しいのが現状です。
部屋の掃除と同じで、片っぱしから少しずつでも片していけば
最終的に片付いているなら何の苦もありません。
無理に一つ片付けると、その役目を代わりに担う人格がやがて生まれます。(通常は)
だから、一つ片付けようと思うと、まずその「役割」を一つ失くす必要があります。
その為には、方法として
1、他の人格がカバーする(=他の人格の守備範囲強化)→負担増
2、「役割」の根本を探り、解決する(例:トラウマなどの克服)→失敗する可能性あり
どちらかしかない模様です。
そういうわけで、まだ依然とごちゃごちゃしている状態が続いているのですが…。

どちらにせよ、統合は自然に向かうものだと(私は)思っています。
無理やり行うようなものではないと。
必要があるから存在しているわけで、
必要がなくなると必然的に統合すると思います。
ましてや上で述べた「中心」が定まっていない私たちの場合、統合はまだ先でしょう。

ちなみに、DIDが落ち着くのは、一般的に40代に入ったころとされています。
これは、長い間共存状態を続けていて、概ね「中心」が定まってくるのが、
このくらい、ということでしょうか…。
そうだとすると「悟り」の域ですね(苦笑)

私たちはもうしばらくゆっくりと自分のペースで進みたいと思います。。。




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18:07 病気 | コメント(0)

「昔の映像」に「自分」はいますか?

2009/07/13
私はずっといました。
思い出の中に自分の後姿が。
たまに思い出だけでなく、日常においても。

これは「解離性障害」の患者によく見られることだそうです。
(だからと言って、必ずしも解離性障害だ、とか、~になる、というわけではありませんが)

その「見え方」がずっと私たちの中では当たり前でした。
だから、先日紹介した本を読んでいて驚きました。

後姿じゃない形で覚えているものは、触れてはいけない悲しい記憶ばかりです。
私が後ろ姿で覚えているのは普通の生活ばかりで、
その後ろ姿の中の人間こそ、今は眠っている「本人」なのでしょう。
逆に、悲しすぎる記憶は「本人」がきっと「後ろの人」で殆ど覚えていないのだと思います。

それが歳を重ねるごとに増えて行き、
いくつもの「代わりをしてくれる人」を生んでしまった…。
その集合体が「私たち」だと解釈しています。

何人か同じDIDの方を知っているのですが、
「本人」、つまり「戸籍上の人間」は眠っている場合が多いです。
大体が、「本人」を起こすことに反対な者が多く、
そのままの状態で何年も過ごしているようです。(うちもそうですが)
つまり、「現実から逃避し続けている」状態が続いているということです。
以前からの課題ですが、「これからどうしていくか」を考える上で、
「本人をどう扱うか」が非常に大きな問題になります。

解離は薬では抑えられないし、治りません。
現在服用している薬は、あくまで併発した「鬱」や
様々な「不安」に対する処置であり、
根本的な治療にならないものです。

さて、その根本的な治療とは…。

それを考えると、パンドラの箱を開けるような気持ちに襲われます。

パンドラの箱は、沢山の様々な災いが飛び出し、
最後に残っていたのは「希望」でした。

私たちの場合もそうだといいのですが。
だけど、いつか向き合う時は来るのでしょうね…。

何となくそんな気がする、今日この頃です。



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22:47 病気 | コメント(0)

自分の病気を知る:解離性障害について

2009/07/10
今、本を読んでいます。

「解離性障害」柴山雅俊著(ちくま新書)
という本。

夫が以前読んでいたのを思い出して、読んでいます。

「解離性同一性障害(DID)」も、「解離性障害」の一つで、
「解離性障害」が重篤になり、個人の同一性を欠いたケースを指します。

元はといえば、初め入院した時の診断名も「解離性障害」でした。
確かその頃は、「ざわざわと自分のことを話す声が聞こえる」や、
「気が付いたらリストカットや大量服薬をしていた」というのが主訴でした。

まだ全ては読み終えていないのですが、かなり重なる部分があります。
これを理解すれば、少しはDIDの理解への道も近くなる気がします。

この本が取り上げているのは、「解離性障害」でも、
主に「特定不能の解離性障害」であり、解離性障害の約半数を占めるものです。
つまり、DIDまではいかないけれども、生活に支障を来している場合は、
これに分類されます。
まだ十分に研究がなされていない分野、と言っても過言ではないようです。

「解離」は誰にでも起こります。
TVに没頭していたら、時間が経つのを忘れていた、などはよく挙げられる例です。
解離自体は決して悪いことではありません。
しかし、「解離性障害」の「解離」は少し違う様相を呈しているようです。

少しだけ読んだ限りでは、
人間関係などの苦しさから逃れるために、「肉体から視覚だけ」を切り離して見ている、
などが病的解離のようです。

今は身体のエネルギーが足りておらず、無理が出来ないのでゆっくりですが、
自分の病気を知るためにも、この本を読み進めたいと思います。
読み終えたら、少しでも同じような症状で悩む方々に役立てるように
こちらに私なりに解釈してアップしたいと思います。

それでは、自然に溶け込むために「解離」すべく、
お散歩に行って参ります。。。
(これは通常の意味の「解離」ですが)



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18:52 病気 | コメント(2)

爪噛み

2009/07/09
昔、小さな頃、爪噛み癖があった。

ガジガジ。
何となく指を口に持って行き、噛んでいた。
というか、食べていた気さえする。
今思えば…集中している時が多かったような気がする。

母は不衛生だからと何度も直そうとしたらしい。
爪に苦い味のものを塗る、とかそういうことも考えたそうだ。

何をやっても直らなかったけれど、
小学3年のある日を境にピタリと止まった。

何年か後に、
「子供が母親の愛情が足りないと感じていると爪噛みする傾向がある」
なんて耳にした。

確かにそうなのかもしれない、と思う。
小さな頃は両親は共働きで、面倒は祖父母に見てもらった。
祖父母は畑仕事をしており、姉はよく近所をかけ回っていた。
そんな中、私は一人遊びが得意で、内向的な性格だったと記憶している。

何故直ったのか、それは十分な愛情を感じられたからというわけではなかった。
寧ろ、そんな爪を噛んでいるような子供ではいられなかったから、
というのが相応しい理由な気がする。

早いうちに「親に手間をかけさせない」ということを覚えねばならなかった。
両親も両親なりに手一杯だったから…。

当の本人は寂しいなどという自覚症状はなかった。
ただ、求められるような「理想の子供」になることしか頭になかった。


あの日から20年近く…。
ふとあの日のことを思い出して、あの日の自分に声をかけた。

「よく頑張ったね。」

そして、今お腹に宿る命に、たくさんの愛情を注ごうと思った。

もう昔のことはどうにもできない。
今私ができることは、未来の命に愛情を注ぐことだ。



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22:42 過去 | コメント(0)

心と身体のバランス

2009/07/08
ここ数日、疲れているはずはないのだけど、変に身体が重くて…
気が付いたら半日床に臥せったままでした。

食欲もなく、ただぼんやりと布団で寝転がっていました。

たまにふと我に返っては、それが夢か現かを自ら問うて、
それだけで時間は過ぎて行きました。

気が付くと、顔は能面、無表情。
心が動かなくなっていました。

パートナーにそれを告げると、「疲れている」とのこと。

「そんなに大したこともしてないんだけど…?」
「無意識の精神活動ってかなり疲れる一因だと思うよ。」

それは全くもってその通りで…
身体は一つ、けれど心は複数。
メイン(主人格)が休んでいても、内部では他の人格は考えたり動いたりしています。
結局は、今の事態を克服すべく色々動くわけですが、
それに伴って身体のキャパシティが足りなくなってしまうのです。

つまりは、PCに例えると、メモリーオーバーで動作が鈍くなっている状態ですね。
だけど、PCじゃないのでメモリーを増やしたり、
今あるデータを削除したりして再起動するわけにはいきません。

かなり症状が改善した今でも、たまにこういう時期が訪れます。
気候的にも色々したいことが一番ある時期なのですが、
こんな場合は精神活動を少し控え目にして休むことに専念するしかありません。

そんなガス欠状態で今日は妊婦検診に行って来たのですが…、
赤ちゃんはすくすく成長していました。
もう推定642gだそうです。

メインも安心したみたいで、それがメインを支える私としては何よりです。

心の病気にしろ身体の病気にしろ、何かしら持病を持っていて
投薬治療をしながら妊娠を望む、ということに多少の疑問と不安を抱いていた私ですが、
すくすくと私(?)のお腹の中で育っていく命を感じると、
不思議と力が湧いてくるものです。

「私たち」が選んだ選択として、
これからもこの命と生まれてくる命を大切にしたいですね。

でも、それにはまず「母親」として自分の身体が出来れば万全の状態で
臨みたいものです。
こういう治療方法が確立されていない病気を患っているので、
なかなか難しいかもしれませんが、今皆それぞれの「役割」を果たすことが
それに繋がると信じて生きていきたいですね…。



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22:20 病気 | コメント(0)

私、てんかん?―薬漬けだった日々―

2009/07/07
昔の話。
まだ精神科での治療を初めて半年くらいの頃。

大学病院で色々精密検査を受けることになった。
血液検査は勿論、脳波の検査も。

すると、主治医からびっくりの発言。
「微弱だが、典型的なてんかんの脳波が見られました。」
「もしかしたら、うつ病との関係もあるかもしれないので、
テグレトールというお薬を処方しましょう。」

…そんなこと初めて言われたんですが?
って、うつ病とてんかんって関係あるの??

私はぼんやり診察を受け、促されるままテグレトールという薬を服用した。

まぁ、いいか。
今更一種類薬が増えたところで、何も変わらない…。
効かない薬がまた一つ増えるだけだろう。
私は完全に薬漬けだった。

が、次の日突然、不快感が私を襲った。

何気なく聴いた音楽がおかしい。
そう言えば、全ての音が半音下がって聞こえる。
5歳以前からピアノに親しんでいたので、その感覚が堪らなく不快だ。
吐き気さえする。

「テグレトールとかいう薬だ!」

慌てて私はインターネットでテグレトールの副作用を調べた。

「おくすり110番」というサイトには音感がずれることは書いてなかった。
が、色々検索してみると、私と同様に感ずる人が多いことがわかった。

でも、すぐに使用を止めるわけにはいかず、私は数か月我慢して服用した。
主治医も何も言わなかった。
けれど、うつ病も改善することなく、てんかんに至っては何も感じることはできなかった。

結果、テグレトールは止められた。
入院したことで効き目の見られない余計な薬がカットされたからだった。

すると、半音下がって聞こえた音が全て元に戻った。

あんな最悪な副作用の薬は今まで初めてだった。
第一、鬱は良くならなかったし、てんかんだって単に脳波だけだった。

それ以来、私は新しい薬を処方されたら副作用をよく知って服用することにした。
医者に聞くことも大切だけど、
薬について、自分の病気について、自分自身で知る必要性を知った。

現在、服用している薬は2種類(頓服を含めると3種類)。
どれも、安全性は高い。
けれども、やっぱり薬はもう止めたい。
病気だから必要だけど、妊娠や授乳には薬は不自然なものだ。

薬漬け状態から解放されて、やはりあの状態は異常であることを実感した。
飲んでも飲んでも、効かない薬の山…。

ストレスだけが溜まる毎日。
どんな言葉も届かなかったあの日。

どうか、薬やサプリメント、不自然なものに頼らなくても
生活できる環境が、みんなに整いますように…。



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09:39 病気 | コメント(0)

蝿と昔の記憶

2009/07/06
リビングで蝿がブンブン飛んでいる。

こっち来てはウザいなと思って追っ払う。
けど逃げて、またこっちに飛んで来る。

鬱陶しい。

何だか、蝿は昔の嫌なことみたいだ。
思い出したら鬱陶しくて、
そのくせチョロチョロ逃げ回ってなかなか退治できない。

昔の嫌な思い出は私たちを蝕む。
一人の無為な時間をどんどん蝕んで行く。

追い払えば追い払う程、その存在が鬱陶しくて堪らない。

なかなか蝿が部屋の外へ出て行ってくれないのと同じで、
一度思い出すと、嫌な記憶はなかなか思考回路から離れてくれない。

もう、今は必要なんかないのに。
今は今ある幸せな時間に浸っていたいのに。

記憶を捨てられる薬があったら…ね。
そうしたら、こんな分裂して生きなくてもよかったのかもしれない…。



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20:04 戯言 | コメント(0)

ここ数日は体調不良

2009/07/04
お腹が張って辛い。
何もしていないにも関わらず。

8日が産婦人科受診日だから、
それまでの辛抱。

腹痛と呼吸が少し浅いので、
昼間から横になる毎日。

静かに眠っていたいのに、子供が騒ぐ声。
少し大きな子も混ざっている様子。
低い声が耳ざわりに思えて仕方がない。

頭の中もざわざわと煩い。
意識が行ったり来たりを繰り返している。

最近、食欲も減退気味で、
少し食べてもすぐ胃もたれしてしまう。
何を見ても面白くない。
興味のあることが特にない。

頑張れていない自分が嫌いだ。
赤ちゃん、情けないお母さんでごめんね…。

貴方が生まれたら、こんなんじゃいけないね…。
今、もう少しだけ休んだら頑張るから……。



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23:17 戯言 | コメント(2)
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