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ALL I WANTED

2009/06/29
それは、どん底から私を引き上げてくれる人。

もう自分の力じゃ這い上がれないと思っていた。

だけど、本当に欲しかったのは、どん底でいる私を見捨てない人、
だったのかもしれない。

何度も這い上がろうとして、落ちてを繰り返す私を、
ずっと見てくれていた。

長い時間をかけて、私はようやく光の射すところまで、
這い上がって来れた。

久しぶりに見た光を、私はなかなか信じられずにいた。

けれど、今、私は光があるところにいて、
ずっと私を見守ってくれた人は、私の隣にいる。

「頑張って来たし、今も頑張っているよ。」

そんな風に、生と死の臨界から這い上がって来た私たちを、
ちゃんと解ってくれる。

目を瞑ると、まだ浮かぶ苦しかった時期の毎日。

でも、もうそれも過去のこと。

まだ完全とは行かないけれど、回復の軌道に乗った私は、

ちゃんと現在を見据えたい。

光ある、今、この場所で…。



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22:16 戯言 | コメント(2)

視聴率至上のTVを見て

2009/06/28
仕事として人が観る物を、
どうせなら多くの人が観るような面白いものを…

その気持ちは解る。
けど、流すのは全国。

それはインターネットもほぼ同じ。

ただ、TVはもっと幅広い年齢層が見ているんだからさ…
ちゃんとした情報を扱って欲しいものだよ。

「解離性同一性人格障害」じゃない。
「解離性同一性障害」だ。

「もともと存在する人格」=「主人格」じゃない。
それは「基本人格」というやつだ。

TVでドラマといえど、それを放送するんだから、
間違えちゃいけないだろ?
だから、老婆心ながらTBSの公式BBSに訂正を求める書き込みをした。
今朝確認したら、削除されてんの。

はぁ?
TVもやっぱりそうなんだ。
気に入らない書き込みは握りつぶすんだな…。

前回のフリは「多重人格者の殺人」を匂わせて終わった。
今回、結論は「多重人格者」の振り=多重人格ではなかった、で終わった。

何?
悪意を持って考えると、
それで視聴者の興味を引きつけて(釣って)おいて、
次回の視聴率でも取ろうと思ったわけ?
で、デリケートな問題だからって「演技でした」で片付けたってか?

だったら、初めから「人を釣る」ような真似は卑怯じゃないの?

この病気の患者は見せモンじゃないっていうの。
視聴率を上げるために使わないで欲しい。
ただでさえ、参っているんだ。
「普通」の生活を送っているけど、そのために皆の協力が欠かせない。
でも、DID当事者だって、TVくらい観るんだって。

視聴率がいいのは悪いことじゃない。
けど、間違いを訂正したり、人間として大切なことは守るものだろ?
それをしてから、「数」にこだわって欲しい。

何か、腹立たしいし、悔しい。

頭の中で誰かが嘆く。
「普通の振りをしたって、障害者の壁は越えられない」と。
…そうだな。
現実は一人暮らしも出来ない。働けない。

「青い空が見たかったから…」
そんなことをドラマの終わりで役者が言ったっけ…。

全員が本当に青い空が見えるのはいつだろうか。
そんな気持ち、「普通」の人に、少しでも届くのだろうか?



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09:29 戯言 | コメント(2)

人の欲深さ

2009/06/27
どこまで、人は欲深いのだろう…。

当たり前のように健康があると思い、
知識を貪り、豊かな生活を送るためいい職を求める。

健康あっての生活なのに。

奇跡的な確率で授かる命すら、授かるのが当然と思い、
授かれば、五体満足は言わずもがな、優秀な子になるように求める。

実際は流産の確率は約15%と高く(赤ちゃん側の遺伝子的要因が原因らしい)、
無事出産までの道のりは案外長いのに。
元気に生まれてきてくれるだけで、それだけでありがたいと出産の時は言うのに。

病気になるまで、それを経て大切な命を授かってここに来るまで、
そんなことに気付かなかった。

何事もなく過ごして来ていたら、きっと解らなかっただろう。

辛かったけれど、その経験ゆえに解ったこと。

私は忘れないようにここに残そう。

命の大切さを、その輝きを。



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21:18 戯言 | コメント(2)

夜は嫌い

2009/06/26
夜は怖い。

真っ暗な空が、頭の上に落ちてくる。

聞こえないはずの耳に、というより頭の中にぐちゃぐちゃのノイズが入り乱れる。

私は、混乱する。

我慢するしかなくて、時間が過ぎるのをひたすら待つ。

一人は嫌だけど、一人がよくて…でも一人だと怖すぎて。

そう思っているうちに眠ってしまっていて、気が付くと夜が明けている。

もう少し賢くなったら、この恐怖から逃れる術を知ることができるのだろうか。

だとしたら、早く賢くなりたい。

でも、賢くなるにはどうすればいいのだろう?

少し前、旦那さんに聞いてみたけれど、

「賢さは知識の多さではなく、祈ることだ」

って教えてくれた。

よく分からないけれど、今日も私は祈る。

祈れば、朝が早く来てくれるような気がする。

もし神様が存在するなら、朝のような光を今すぐ私に与えてください。

とても、とても怖いのです…。



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20:04 戯言 | コメント(4)

衣替え

2009/06/25
北海道と言えど、夏はついにやって来た。

昨日からすこぶるいいお天気。
主人を送り出してから、軽く掃除、のつもりが
気が付いたら2時間掃除をしていた。

「去年、こんなに暑かったっけ?」と
汗をかきながら家全体を掃除して、片付け。

また毛布などの大物をコインランドリーに洗いに行かないとな、とか
短い夏の後(あと2ヶ月もしたら夏が終わりかけている)、
冬には赤ちゃんがいるから、キレイにしてそのスペースを作らなきゃ、とか
考えることはたくさん。

去年は引っ越ししたてでバタバタしたが、今年は片付けと準備でバタバタ。
家で専業主婦をしているのも、案外暇ではない。
勿論元気になったからこそ、ここまで動けるのだけど。
妊婦さんらしくなってきたお腹に荷物や掃除機を抱えて部屋や階段を移動。

あっという間に午前中が過ぎた。

昼食を摂った後、散歩に出かけるために着替えようとしたら、
夏物はまだ衣装ケースの中。

…というわけで大規模な衣替えに発展。

今年の夏は去年の夏とは違う。
ボトムは、ウェストがゴムのスカートかワンピース・マタニティパンツじゃないと合わない。
トップスは、ここ数年間傷痕で半袖を着なかったけれど、久しぶりに出す。
…もう、傷痕は目立たない。
何だかとても半袖を着れることが嬉しく感じてしまった。

夏物で合う服と、合わない服・冬物に分けると、
一時クローゼットは散乱状態…。
結婚前には、今だとビックリするような服(ギャル服!)を着ていたこともあって、
その服を発見して急に老けた気分になった(苦笑)
もう、以前のような買い物依存症はなくなったし、服装もかなり落ち着いた。
精神的にもそれだけ落ち着いたということか…。
(その分、年相応に見られることも増えたけど。・゚・(ノД`)・゚・。)

全部片付け終えると、一時間経過。
急いで半袖にパ-カーを羽織って散歩へ。

暑い。(まだ30℃くらいだけど
半袖じゃないなんてあり得ない(笑)
本州で長袖を着て生活していたなんて、今では考えられない。
鬱にはウォーキングがいいと知っていても、実行できた試しがなかった。
それほどナーバスだったことを今更ながらに実感した。
どん底だと、本当に何もできないのだと。

また一年経った来年はどうなっているだろうか。
家族が増えて、私はどうしているだろう?
笑っていられるといいなと思う。
いや、きっと笑っていると思う。
将来の展望は、明るい。



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21:09 日常 | コメント(2)

苦しくても

2009/06/23
今は苦しい。
発作をまたいつ起こしてもおかしくないから、
不安な時を一人で過ごす。

通院日だったけれど、主人は仕事が多忙で、
技術的にも体力的にも運転に自信を持てない私は、仕方なく諦めた。

気持ちは重く、頭がクラクラした。
お昼御飯も欲しくなくて、ずっと横になって過ごした。
たまたま、ポストに投函されていた「たまごクラブ」を発見したので、
パラパラと目を通した。

雑誌でしっかり「お母さん」をしている女性たちを見て、
私は自分を情けなく思った。

病気じゃなかったらお薬を心配することもないのに。
病気なのに、子供を望んだ私が無謀だったのか…。
主人にも負担を強いている。

せめて今主人のために出来ることといえば、アイロン掛けくらい。

私はアイロンを掛けるために、ワイシャツを取りに階下へ向かった。
下腹部痛で顔が引き攣った。
「赤ちゃん、ごめんね…。」

ゆっくりとした動作でアイロンをかける。
洗剤の柔らかな香りがアイロンの熱で香る。
気持ちが少し和らいだ気がした。

時折、ポコン、とお腹を蹴る感覚。

「お母さんが悪いわけでも、あなたが悪いわけでもないね…。
どんなに苦しくてもあなたのせいにしちゃだめね…。
ごめんね。
お母さんが今できることをゆっくりすればいいんだよね。
ゆっくりでも、頑張ればいいんだよね…。」

やっぱり授かったお腹の子が愛おしくてたまらなかった。
アイロンを掛けながらゆっくり話しかけた。

「後でお散歩行こうね。
美味しい空気、一緒に吸おうね。」

「お父さん、少し疲れてるの…。
お母さんに何が出来るかな?
お父さん、背が高いから、広いお風呂に浸かったら楽になれるかな?
お母さんとあなたが笑顔で帰りを迎えたら、疲れ取れるかな?
お父さんもあなたも頑張ってるんだから、お母さんも頑張るね。」

不思議と私の中の不安は小さくなっていた。

お薬も減らせた。家事もできるようになった。
全てお腹の子と主人のお陰だった。
発作の不安程度のものが、越えられないワケがない。

私は着替えて散歩に出かけた。
お腹が張りがちなので、近道コース。
無性に野菜が食べたくなったので、
コンビニで野菜サラダとヨーグルトを購入。
散歩で良質の空気、食事で良質の栄養を赤ちゃんにあげたい。

妊娠日記も付けた。
改めて、赤ちゃんの成長を追って行って、
私は苦労してきたからこそ、この子を大切にできると思えた。

まだこれから先落ち込むことがあっても、
また乗り越えていこう。
そう、母は強いのだ。
そして、きっと我が子も強いはずだ。



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21:54 戯言 | コメント(2)

発作

2009/06/22
一瞬何が起きたのか、解らなかった。
コントロール不能に陥った。

引き金は思っても見ない予想外のことで。

発作は一時間に渡って続いた。
発作で声にならない叫びをあげる人格を押さえつけ、奥へやる。
また暴れ出すので、押さえつけて押し戻す。
それの繰り返し。4人がかりで挑んだ。

終わると、身体はボロボロで立っているのが精一杯だった。
精神状態の酷さは言うまでもない。

まだまだ意識の奥深くに眠るPTSD。
その恐ろしさを実感した。

後に残ったのは恐怖。
それでも、私たちは生き抜かねばならない…。



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23:25 病気 | コメント(4)

日々生きる私たち―止まりながらも前進する―

2009/06/21
皆、暗い。
疲れている。

特にいつも一番迫力のある人が、疲れている。
珍しく考え込んでいる。

皆、大人だから色々なこと(今後のこととか?)を考えているのだろう…。
小さな子さえも、
「皆が頑張っているんだから、自分だけ弱音を吐くわけにはいかない」
っていう。
浅はかな私には到底解らないことだ。

だけど、解ることだってある。
きっと、他の人間がどうこう言っても、こうなってしまったことは変えられない。
それだけは確か。

それに…前に消えた人も、今回消えた子も、
私にはまだ解らない想いで人を想っていたんだろうな。
単に「好き」とかじゃなくて、「愛」とかキザでくすぐったいものでもなくて…
「その相手の人全部」を想っていたんだと思う。
尊敬とか好意とか、仕方無いなとか、色んな感情をひっくるめて。
私よりも、ずっとずっと大人な恋愛(こんな俗世の言葉で片付けるのも嫌)をしていたんだな。

そう思うと、全て納得していた気がする。
そうじゃないと、いなくなれるはずがないもの。

まだ皆は戸惑っているみたいだけど、
私は消えた人たちを尊敬するから、前に向かって進みます。
そう、お腹の赤ちゃんにも温かい心を感じてもらいたいし。

久しぶりに見たお腹はすっかり大きくなっていて、
よくポコポコ叩かれる。(蹴られる?)
やっぱり赤ちゃんも元気なママがいいよね?
もう少し待ってね、皆じきに元気になるから。
心と体にいっぱい栄養あげるからね。



さて、話がガラッと変わるけど、
太宰治生誕100周年ということで太宰の作品を読んでみた。
他の子(人格)が「人間失格」を読んでいたので、私も便乗。

うーん、暗い。そして、深い。

さすがの私も真剣に色々(私たちと比較したり、人生や世間などについて)考えたが、
太宰治はすごい、ということで完結した。
私の読書のスタイルは「作家は読ませてナンボ」。
見事に読ませてくれた。
(言っておくが、私は決してインテリではない。寧ろミーハーなのに、だ。)
さすが、文豪。
ふと「現国」を思い出して、学校に行きたいと思ったけれども…。



私はミーハーなので、テレビドラマも見る。
そんなワケで昨日は『Mr.Brain』を見た。

何と、今回~次回は解離性同一性障害(DID)の人、
つまり多重人格者の殺人を扱っていた。

まだ内容を見ていないので分からないが、
あまり多重人格の人を「奇人」として取り上げて欲しくないと思う。
世間の興味を煽るためとかいうなら、尚更。
ただでさえ、好奇の目で見られることが多いという現状なのだから。

本人だけど、案外普通なもんよ?
確かに「一般的な生活」(就労を含む)を営むには障害が生じるだろうけど、
安易に犯罪と結びつけるのは止めて欲しい。
ちゃんと分別はあるつもりだし、それぞれ精一杯生きている。
きっと、他のDIDの人でもそれは同じのはず。

悲しい。
何か悔しい。

大事な「同居人」が消えてしまったことよりも、
その大事な「同居人」の尊厳を傷つけられた(まだわからないけど)ことが、
私としては嫌だ。

話題は全てバラバラだけど、
私は「私自身」…それは「一人格としての私」と「集合体での私(つまり「私たち」)に、
誇りを持って生きているということ。
DID特有の困難もあるけれど、それも越えて生活している。
それをいつも心に留めてあるし、
出来れば読んで頂いている方々にも心の隅に置いておいて欲しい…
そう願う私なのです。



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15:00 戯言 | コメント(6)

薄っぺらい私たち

2009/06/20
空虚だ。
薄っぺらだ。
何にも変わらない…。

人格の死なんて外側の人の死に比べたら、
なんて軽いものなんだろう。
勿論、葬儀なんてものはないし、
外の世界は置いて行かれる私たちにお構いなく過ぎていく。

事情を知っている人ならば、もう少し丁重に扱って欲しいことだった。
私たちにとって一人がいなくなるということは、身体の一部を捥がれた気分だった。
何か、彼女を悼む言葉など慰めになる言葉を期待していたのかもしれない…。

「風のように去って行ったね」
失踪を告げると、そう相手は述べた。
昨日の夜、メールが返って来た。

違う。
風のように通り過ぎただけじゃない。
あの子はそんなに軽い存在じゃない。
人ってそんなに、軽い存在じゃない。
「人格」といえど、「人」だ。

違う。


悶々とした。
あの子は全てを知って逝ったのか…?
もう確かめる術はない。

だけど、何か違う。
あの子の想いに背くからなのか、或いは自分勝手な理由からなのか、
それはわからないけれど、
とにかく、内部と外部の温度差のような違和感を感じずにはいられなかった。
それと、虚無感だけがただ募る。

所詮、「一人」なのだ。
「一人」が「複数」で構成されていようと、
目で見えるのは「一人」だから、一人…。

それでもいい。
解らない、解ろうとしない人にはそれでもいい。

でも、このやり場のない気持ちは、どこへやればいい…?
それでも生きなければならない、これからの毎日をどう過ごせばいい…?

以前にも消えた人格はいた。
だけど、以前とは少し事情が違う気がする。

あの子の意志は尊重したい。
これからも大丈夫だって思いたい。
だからこそ、あの子を知る人にこそ、もっと解ってもらいたかった…??

もうわからない。
…発狂しそうだ…。



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09:40 戯言 | コメント(4)

失踪、その後

2009/06/19
「私たち」を「創る」一人が、失踪した。

私は全ての人格の行動―もちろん彼女の行動も把握していたが、
敢えて止めなかった…。

それで楽になれるのならいい、そう思った。
随分長い間、彼女には重たい物を背負わせていた。

彼女が最期に残していたのは、一通のメール。

その返信はまだ、ない。

それだけが暗い影を落としていた。
…切なかった。
何故来ないのかは、彼女からメールを受け取った人だけが知る事。
けれど、私は考えられずにはいられなかった。

結局、私は「私の身内」が大切なだけなのかもしれない。
大切なものが傷つけられた時、私は容赦なく牙を剥くだろう。
しかし、今はもういない彼女は返信を望んだのか…?
剥き出しそうになった牙を必死で引っ込めた。

「きっと大丈夫」
そう、何度も夫は言った。

そうだといい。
楽になれていないなんて、思いたくない。

やがて、内部に変化が起こるだろう。
呼吸が少し、浅い。
今はそれに備えて休むことにしよう…。
考えばかり巡らせるのは、良くない。

空虚な気持は誤魔化せないけれど、
彼女の行為を尊重したいから。



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19:06 戯言 | コメント(4)

ばいばい

2009/06/18
主人格の名前を呼んだ。
振り返った主人格の鳩尾を私は殴った。
しばらくは、私の時間だ…。

かつて、「ナオ」という記憶管理が「役割」の人格がいた。
彼女は…「役割」ごと消え去った。

ずっとその方法を考えていた。
やっと解ったその方法。
その方法を用いれば、私も、消えることが出来る…!

私は、もう、限界…。


ばいばい。
私は消えます。

役割も辛い記憶も背負ったまま、
私は去ります。

実家との関係もうまく行き始めたことだし、
もう大丈夫でしょう。

幸せに、私の持つ記憶は要らないから。
でも、必死に生き抜いて来た私という人間がいたということだけ、
覚えておいてください。

主人格が泣いたら、慰めてあげてください。
あの子、泣き虫だから…。

ばいばい。
ソーイングセットは二階自室のテーブルの上においてあります。
仲良くね…。
辛かったけど、楽しかったよ…。


どうか、少しでも痛みが和らぎますように。
私が去った後も、どうか悲しい「役割」を背負う人格が出てきませんように…。
少しでも、皆の幸せに繋がりますように…。



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19:40 戯言 | コメント(6)

帰郷―幸せへのステップ―

2009/06/18
朝早く北海道を発って、
夕方、一年ぶりに実家に帰って来た。

ベルを押しても反応がないので、恐る恐る勝手口から家を覗いてみた。
久しぶりの四国。生まれ育った家の匂い…。
台所では美味しそうな匂いを立てて、鍋が音を立てている。
色々なことがあった実家。
一年前、「生きる」ために出た実家…。
複雑な想いが交錯した。
まさか、お腹が大きくなって帰って来るなんて思わなかった。

しばらく探してみたが、母はいなかった。

お墓へ先に行こうかとした時、後ろから母に声を掛けられた。
「田んぼに水を見に行ってたんよ。さ、上がって。」

母は元気そうだった。父も変わらず仕事と畑仕事に励んでいるようだった。
姉はまだ仕事から帰っていなかった。
愛猫は私を覚えていたようで、身体を擦り寄せて来た。

意外に確執は感じなかった。
母はいそいそと迎えてくれた。

時を止めたままの実家。
南国の6月は暑かった。出された麦茶が美味しい。
お仏壇に手を合わせて、お墓参りをした後、
主人と散歩に出かけた。

帰ると、母の食事が振る舞われた。
田舎らしい、昔から馴染んだ料理が並んだ。
懐かしい、母の味。私が作る煮物の味は、自然とこの味になっていった。
主人は父とビールを酌み交わしていた。

構えて行った割に、両親ともに歓迎してくれた。
父はニコニコしてビールを飲み、次の日の食事会の話をしていた。
母は終始、食事の世話をしてくれた。
ちなみに、食事会の際に「引き出物」として渡す品物も、
私たちが用意したものに加えて、母が用意してくれていた。

こんなにしてくれるなんて…と私は申し訳なくなった。
かと言って、自分の選んだ道に後悔はなかったけれども。

食事が終って、父の日と母の日のプレゼント―北一硝子のペアグラス―を渡した。
両親は喜んでくれた。
私は、少しだけ心が楽になった。

その日は実家で泊まることになっていた。
姉は一度私にだけ(主人は中座していた)覇気のない顔を見せて、
それから顔を見せなかった。

朝の冷え込みに早く目が覚めた。
すっかり忘れていた実家の気候だった。
姉のことが気にかかっていた。明らかに体調が悪いのは見てとれた。
そうしていると、父が朝ご飯を食べようと声をかけてくれた。
朝ご飯も頂いて、実家を出た。

安産祈願のために寺院に向かった。
その日から出産日まで祈祷して下さるらしい。
お守りも腹帯に入れるようにと、頂いた。

お昼は高校時代からの友人に会って、
「ママ」になるための話を色々聞いて、お別れした。

親戚との食事会は街のホテルであった。
だから、ホテル(別のホテルだが)にチェックインして支度をした。
主人は父から自己紹介を頼まれており、
スーツに着替えると緊張していた。
私は見慣れている親戚だけど、主人にとっては初対面だから仕方がないのかな、と
私は軽く考えていた。

ごく血の近い親族が集まり軽く挨拶をした後、食事会が始まった。
主人の自己紹介の番が回ってきた。
主人は、はっきりと報告が遅れたことのお詫びと、私たちが必死で頑張って来たこと、
そして、主人なりの今後の心構えを述べた。
私は…主人の言葉を聞いていて、改めて主人の心構えを知った気がした。
こんなにも真剣に私たちを大切にしてくれている、それが痛い程わかった。

和やかに食事会は進んだ。
遠方から来て下さった叔父夫妻や親戚に挨拶し、感謝した。
姉ももちろん同席してくれていて、体調の優れない中での出席、
私はそれだけで有難かった。
父は真赤になりながら、上機嫌で笑っていた。
宴は二次会まで続いた。

ホテルに帰ると、私たちはクタクタだった。
それでも「皆楽しそうにしてくれてよかったね」と笑い合えた。
主人は終始、よく皆に気を配ってくれていた。

「皆、それぞれあるみたいだけど、いい人だと思うよ。」
主人が言った。
そういえば、祖父母が亡くなって以来、泥臭い話ばかりだった。
でも、その日は皆和やかに笑っていた。
そんな顔を見たのは、随分前だった気がする…。

「私はずっと…偏見で見ていたのかもしれないね。
皆、生きてきた中で大変だったんだよね。」
「だから、俺たちは幸せになろう。
というか、もう幸せそうだから、皆笑ってくれたんだよ。」
「…うん。」

きっと、それは主人といるからだろう。

私はそう思った。主人は純粋な目で人を見る。
だから、その人の笑顔を引き出すことが出来るのかもしれない。
私は、幸せになる、と思った。

悲しい過去を清算することは出来ない。
けれど、偏見や擦り込みは0とまではいかないが、かなり減り、
新しい見方を覚えて未来への道が見えた。
一つ、乗り越えた気がした。

そう、きっと大丈夫。
やるべきことはただ一つ、幸せになること。
それは、我が為、皆の為…。



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11:49 戯言 | コメント(4)

いつ過去と対峙するか

2009/06/10
ずっと約一名の調子が悪い。

それは彼女の役割ゆえなのだが…、
思い切って主治医に相談してみた。

結局は、性犯罪の被害というものに、向き合う必要があるんだとか。

昨今ではネット上で自分が性犯罪の被害者だということを発信し、
その体験の克服ということについて話し合う所があるらしい。

まず、そこへ行くことを勧められた。

…向き合ってるからこそ、パニックやフラッシュバックに見舞われていると
自分は思うのだが…??

まぁ、いい。
とにかく、DIDという病気でその一部の人格がPTSDだということもあって
治療が厄介なのはよくわかった。
今は特に妊娠中だから、向き合う時期を見る必要がある、ということもよくわかった。

とどのつまり、今はどーしょーもない、以上。
そういうことだ。

 
普通の人間なら、約8年間に渡ってほぼ毎日続くフラッシュバックと悪夢、
加えて繰り返される悲劇ともなれば、正常な状態を保ってもいられないだろう。

「そろそろ今の体制に限界が出てきたのかも…。」
そう「責任者」は悔しそうに呟いた。
でも、だけども、彼女が苦しみ続けるのも、壊れてしまうのも、
自分は管理者の一人として良しとはしたくない…。

たまに、「隙を作った方(被害者)も悪い」などという輩もいるが、
そんなものは単なる偏見にしか過ぎない。
事実、相手(加害者)は顔見知りであることが多い。
顔見知りに愛想も何もない方が、寧ろおかしいと思わないだろうか?

「罪を憎んで人を憎まず」
とは全くよく言ったものだと思う。
そんな聖人君主のような真似はとても自分にはできそうにない。

「少なからず、もっと早いうちに復讐できていれば、
楽になったのかもしれない…。」
それは自分も思ったことだった。

だけど、加害者である相手は今、本当に平穏に暮らしているのだろうか?
少なくとも、何一つ分かってなかった奴もいた。今頃、結婚だってしているだろう。
でも、決して「幸せ」ではないと思う。
形ばかりの幸せはあっても、心から幸せを感じられていないと思う。
どこかで無意識に思い出して、それを沈めているだけだ。
思い出しては消して、思い出しては消して…ずっと繰り返す。

…勿論、それはこちら側(被害者側)からすると、当然の報いだと思うが。

考えると滑稽な話だ。
どちらの心にも大きな痕を残す。
客観的に見て、これほど悲しくてやりきれないことはない。

確かに、共存する上での「規則」や「ルール」はいくらでも変更できるが、
人格間の「法則」は変えられない。
だけど、足掻き続けたい。
往生際が悪いから。
どうにか、楽になれる方法を探してみせる。

全員が快方へ向かわないと、
何の解決にもならないと思っているから…。



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20:03 病気 | コメント(2)

ほのぼの妊婦日記

2009/06/09
今日は妊婦検診の日でした。

病院は車で一時間のところです。
私の町では年間出生人数が20人前後、ということで
私、貴重な妊婦さんです!お腹ポッコリを自慢して歩いてます!!(笑)

昨日の少しだけ鬱を引きずりつつ、
気合を入れて用意をして主人と産科へ。

担当制ではないため、その日で先生が違います。
今日の先生は女医さんでした。
まずはお腹で超音波を見ました。

おぉ、背骨がくっきり!
赤ちゃんは顔を下にしてうつ伏せで寝ていました(動かないから^^;
小さな心臓に小さな胃。かわいいお耳も見えました。
頭は直径4cm、太腿の長さ3cmだって。
ほぼ、平均くらいで順調でした。

どうやら、お腹の子はよく寝ているご様子…。
だって、胎動、あまり感じないんですもん(´・ω・`)
どっちに似たんだ(笑)
まぁ、お母さんのお腹は心地いい、ということにしておきます(;^ω^)

今回の検診ではまだ性別はわかりませんでした。
ん~、赤ちゃんの向きや姿勢にもよるらしいですが、
あと一ヵ月くらい待つ必要があるみたいです。

ちなみに、体重管理のため、ひと月にどのくらい増えていいかを聞いたのですが、
…1kg。

聞いた瞬間、凍った私でした。
だって、先月から1.3kg増で喜んでいたので(;´・ω・)
これでも食生活は気を遣っていたのですよ?
でも、10か月を通して妊娠前の10kg増がOKゾーンらしいです。
ほっ、安心、安心。。。。まだ妊娠前より少し軽いくらいだわ。
↑それだけつわりがひどかったということです。

さて、それからお昼に主人とパスタを食べて、
お散歩して帰りました。
お散歩はいいですね。
最近、お腹以外は引き締まった気がします。
鬱にもいいですしね^^

さて、今日も妊娠日記を付けて、
可愛い我が子に夫婦揃って話しかけます。(←親バカです

生まれたら…ブログ付けてる時間がないかもしれないので、
今のうちに書きたいことを書いてゆきたいですね。

病気の中、授かった我が子。
お薬を減らしたり頑張れました。
人間ってやればできるものですね…。



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19:28 日常 | コメント(6)

鬱の前兆

2009/06/08
今日は嫌な夢で目が覚めた。
少し頭痛がする。
思わず、出てきたお腹をひと撫で。

もそもそと起きて、布団を直し、
窓を開けて階下へ向かった。

キッチンでは主人が朝ご飯を支度してくれていて、
出汁のいい匂いが漂っていた。

食事を済ませると、片付けは私の仕事。
何だか、肺が狭いような感じがしながらも家事を片付けて主人を送り出した。

一人になって、テレビを見ていると、
息苦しさが酷くなって来た。
テレビも面白くないし、音楽も全然耳に入って来ない。

10時が過ぎた。
久しぶりに外は太陽が射している。
本来ならば散歩をする予定だったけれど、
あまりの息苦しさに私は散歩を延長することにした。

これは鬱の前兆だと判断した私は、
仕方なく寝室へ戻り、横になった。
呼吸が浅くて、早い。
お腹をさすりながら、
「ごめんね。お母さん、頑張るからね。
しばらくの間、ゆっくりさせてね。」
と声をかけた。

寝付くことはなく、何度もお手洗いへ起きる。(妊婦はお手洗いが近いです;
頭の中がグラグラしている感じが、
以前の苦しさを思い出させて不快だった。
それに加えて、幻聴が今日は激しい。
頓服の服用も考えたが、なるべくなら飲みたくなかったので、
迷った挙句控えた。

あっという間に12時の時報(サイレン)が鳴った。
お腹も減っていないし、息苦しさは続いていたので、
お昼御飯も延期。

しかし、胃にも赤ちゃんにも悪いので、パンを少しだけ齧った。

16時30分を回ったころ、ようやく不快感がましになった気がした。
すると、頭の中から声が響いた。
「今から少しでも、外へ出て深く呼吸しておいで。
精神的にもいいし、動けばお腹も減るよ。」
そう勧められて、私はようやく出かけた。

外は小学生くらいの子供たちが元気そうに半袖で走り回っていた。
勿論、ここは北海道。私は長そでのカットソーにGジャンまで着ている。
子供は元気そのものだ。

「こんにちは~!」
すれ違いに声をかけてもらって、私も少し口元が緩んだ。
「こんにちは。」
またお腹を撫でていたた。
最近、何かあるとお腹を撫でる癖が付いたことに気が付いた。

いつもの散歩コースよりも短くして、帰って来た。
心もち楽になった気がする。
何よりも、お母さんが辛いと赤ちゃんも辛いと思うと、
少しでもいい状態にしたかった。

だから、出来ることはしてみた。
散歩、ストレッチ、ピラテス、お腹への話かけに読書など。

それでも、鬱のあの嫌な感じは少しも抜けてくれない。
完全に抜けなくても、どん底にならなければいい。
そう願うばかり。

明日は妊婦検診。
どうか、寝たら回復していますように…。



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21:23 日常 | コメント(0)

俺たちのバランス

2009/06/07
それは、とても極端で
少しでもどちらかに傾くと、ガクンと調子を崩す。

一般的な人のバランスの取り方っていうのは、
例えるなら、天秤の皿がどちらも中央に寄っていて、
少しのことでも耐えられるようになっているのだと思う。

だけど、俺たちの場合、天秤の皿はどちらも端っこ。
だから、少しの衝撃でもゆらゆらと揺らいでしまう。
鎮まるのは、当然時間がかかる。

具体的には、「陰」を背負う者と「陽」を背負う者、
片方だけほぼ100%の者は二人だけだが、
差こそあれど皆どちらかに大きく傾いている。
普通は両方を一人で背負うものだけど、
俺たちは複数人で背負うようになっている。

「陽」が良くて「陰」が悪いなんてことはない。
どちらもあって、「人」として成立すると思っている。
そう、「昼」が来た後「夜」が来て、そしてまた光射すように…。

だけど、「陰」を背負うには相当な精神力が必要となる。
それゆえに、精神力が落ちている時にはバランスが崩れてしまう。
「陰」を支えきれなくなる。そして、「陰」に天秤が大きく傾く。
バランスが崩れると、「陽」を背負う者にも影響は出る。

反動なのか明るく、しかし冷静に振る舞う者、「陰」の力を吸ってしまい籠もる者、
いろいろある。
前者はバランスを取るために、「陽」の力を強くしているのだろう。
後者は重い「陰」を背負うことで、少しでも傾きを修正しようという働きだろうと思われる。

どちらがいいのかなんて解らないが、
こうやってしかバランスが取れない。

もっと臨機応変に対応できたらな、と思うことだって多々ある。
そうすれば、「重い役割」を代わってやることだって出来る。
だけど、それが出来ない。

いくら、管理者の立場にあって「規則」を変えることは出来ても、
「法則」を変えることは出来ない。

それでも、やっぱり「同居人」にはもう消えてもらいたくない。
例え「実在しない」存在であっても、俺たちには顔も姿も分かるのだから。

共存するって決めたのだから…。



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22:26 戯言 | コメント(2)

綺麗に壊れたい…

2009/06/07
過去への想いが捨てられない。
それが私。

いつまでも、過去に生きる。
それが私。

違う毎日を送りながら、私は同じ毎日を繰り返す。

悪夢で眠れず、
浅い眠りに就いたら、また悪夢で目を覚ます。
絡みつく、男の手、手、手…。
目を覚ます部屋も薄暗い。
そんな毎日にも、もう慣れてしまった。

未だ、こんな文章しか綴れない。
外に話す人はいないから、ここで呟くだけ。
別に旦那さんが嫌な訳じゃない。
単に私が頑ななだけで…、誰も悪くない。

過去に執着している私が、悪い。


今日はご近所の奥さんと出かけるらしいから、
私が出ていられるのも、あと少し。

でも、…出ない方がいいのかもしれない。
私がこんなことを言ってるのを皆が見ると、
皆悲しそうな顔をするもの…。
結局皆を困らせてしまう。
皆、どうにかして解決しようと必死になるのが、私でも解る…。

だったら、いっそのことずっと悪夢の中で生き続けるほうがいい。
もう表に出て来られないように。
悪夢の中でずっと壊れていればいい。

だけど、
壊れるなら、
いっそ綺麗に壊れたい。

それも叶わぬ夢なんだろうか…。

人格の死も認められるといいのに。
そう、どうせ「実在しない」人間なんだから…。

なのに、この苦しさは一体何者なんだろう。



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09:40 戯言 | コメント(9)

恐怖の運転…

2009/06/06
さて、久々の運転ですよ。

KIAI入れて頑張ります。
えぇ、そこまでしないと運転なんか出来ません(;´・ω・)

運転は…途中で人格交代なんかすると事故に繋がりかねません。
だって、運転できない人格に交代しちゃったら最後、ですから。

今からドキドキしています。
ハイ、臆病者です。チキンです。
本当は頓服飲んでしまいたいくらいです。
走行は問題ありませんが、駐車とバックが問題です。
それでも、今日はお買い物を頼まれたので、
行かねばならんのです。

雨天での走行は不安ですが…頑張ります。
それでは、行って来まーす。
ぅ、お腹、痛い…(;´・ω・)

北海道はやっぱりでっかいどう。(意味はありません
>>続きを読む・・・
10:23 日常 | コメント(4)

同居人の失踪

2009/06/05
私たちの中で記憶管理を担っていた「ナオ」がいなくなって、
もう一年以上経ったのを思い出した。

最期、彼女は自分の意志を貫き通して、果てた。
彼女は誇りを持って旅立って行った。

彼女がいなくなって、内部は混乱した。
仲間―同居人を失うのは、如何とも表現し難い苦痛を伴った。

統合されて消えた訳ではなく、
彼女は命を削って行動し、結果、消えた。

それが見えていたから、皆初めから反対した。
でも、自宅に帰って来て、苦しい中満足そうな顔をしている彼女を見て、
皆、何も言えなくなっていた。

そして、記憶管理という「担当」、二階は空っぽになった。

私たちは空虚さと、悲しさ、そして混乱を背負って生活を再開することになった。
生き抜くためにも感傷に浸ってられなかった。
引っ越しを二回してバタバタしながらも、ようやく今の環境に辿りつけた。

必死だったから、ずっと忘れてしまっていた。
何だか申し訳なくなって、ふと名前を呼んでみた。

声は帰って来ないと知っていながら…。

風がザァ、とそよいだ。
風が頬を撫でていった。

「気にしないでいいよ。よく頑張って来たね。」
そう聞こえた気がした。

私は驚いて、もう一度名前を呼んだ。
けれど、帰って来たのは別の人格の声だった。

「忘れられたから、ここまで来れたんだよ。
忘れることは、すごく大切なことだから。」

ああ、そうか…。
私は妙に納得した。

忘れなければ、ここまで来れなかっただろう。
忘れて、必死に生き抜かなければ、過去にしがみ付いたまま、
今も病気のどん底にいたに違いない…。

私はお腹を撫でた。

主人も言う。
「忘れていくからこそ、人間は生きていける」と。

それを身を以て、彼女は教えてくれたのかもしれない。

「お母さん、頑張るから、一緒に成長して行こうね。」
そう声をかけて、歩き出した。

そう、まだ私は止まる訳にはいかない。
道は、彼女がしたように自ら拓いて行くもの…。



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18:31 戯言 | コメント(2)

ケータイ:便利なようで厄介もの

2009/06/04
ケータイ依存症の時期もありました。

ケータイ、PC依存症でした。
(つまり、電磁波大好きだったってことなのかね…。)

けれど、一度離れてみると
ない方が楽なもので…。

今はケータイを携帯しないどころか、ほったらかしにしています。

以前、このブログで相談者を装って、私のアドレスを聞き出した輩が
アドレスを流出させたらしく、どんどん迷惑メールが来ます。

昨日なんて、夕方見ると新着メールが13件も入っていました。
内、半数以上が出会い系…。

結婚してるのに、出会いなんか必要としていませんって。
…早いとこ、メアド変えた方が良策ですね。

mixiを通して、昔の彼氏(今から二年も前!)が未だにしつこく話しかけて来ます。

配信時刻:午前5時55分
「俺の話を聞いて欲しい。絶対あと何十年か経つと俺の言うことが正しいって思うようになる。
早く話をして楽になりたい。」

だとさ。思わず、私も後ずさりしてしまいましたよ…。

何故「正しい」なんて言いきれるのでしょうか??私には解りません。
それに、結婚してるのは、もう十分解っているはずなのに…。

あまりにも鬱陶しいし、相手にもプラスにならないので、
アクセスブロック(mixiにです)かけちゃいました…。
いい加減、「次」を見て欲しいものです。
いつまでも、2年前で立ち止まっている元彼を見るのは、こちらもしんどいですから。

そんなのだから、ケータイを見るのも嫌になってしまって、
mixiのメッセージメールや、新着情報もケータイ配信を停止してしまいました。

そして、ここ数日は必要以外にネットに接続しないように、
「セキュリティ強化」をしました。
あまり、「力」を使いたくはないのですが…、「行動制限」というものを
全員に強いています。
強制的に必要以上、ネットに接続できないようにしています。
最近、鬱の波が来ていたようですし、
夫も休みだったのでゆっくり休むようにしました。

結果、少し回復。
早めに手を打ったのが、功を奏したようです。

夕べは洞爺湖畔にこの時期から毎日上がる花火を見に行っていたようです。
良かった、良かった…。

今は食生活は勿論ですが、
母体の精神状態が一番赤ちゃんに影響を及ぼす時。

赤ちゃんにはのびのび成長して欲しいですからね。
一昨日、胎動らしきものも感じられた模様。
赤ちゃんの成長が何よりの吉報ですね。


さて、やはり思うのは、ケータイやPCの便利さの陰に隠れる厄介さです。
特に目的はないのだけど、見てしまう…これが一番毒です。
無為な時間の垂れ流しで心身を崩してしまうのが、一番よくありません。

やはり、必要な情報だけ頭に入れておくのがいいですね。
その為にも、まずメンタルの病気を治そうと思うなら、
PCやケータイから一旦距離を置くことだと思います。
利点も多いですが、SNSなどで「仮の」自分の「存在意義」を感じてしまえる、
というのが、ちょっと危険です。
それは、一方で依存を意味しますから…。

改めて、生活環境というものを考えさせられたものでした。
でも、ブログはマイペースに続けていきたいと思います。
基本的に無記名なので、(「なりたがりさん」防止対策のためです)
私たちの状態が分かりにくいことも多いかと思いますが、
これからも、病気についてのことは勿論、
想うこと、感じることを書き連ねて行きたいと思います。



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09:52 戯言 | コメント(3)
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