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不調の波、到来か。

2009/05/31
何やら今日は調子が悪い。

と言うのも、内部の一人が調子が良くないからである。
理由はよく解らない。
とにかく、苛立っているのは解る。

私に出来ることは、悲しいことに何もなさそうなので、
黙って「役割」のことをしているだけだ。
他の皆も何も言わないが、どうやら同じ気持ちらしい。

立ち入れるとしたら、「責任者」くらいだろう。
そうしないところを見ると、何か考えがあるのかもしれない。

一人がブレると、何かしら影響が出る。
今日は、頭痛がひどくて(天候のせいもあるだろうが)、
妙に過去の嫌なことを思い出して不安になる。

寝逃げを試みたけれど、身体が冷えて殆ど眠れなかった。
食欲も、ない。

不安が静かな水面に水滴を落としたように、どんどん広がってゆく。

小説も全く読めなくなってしまった。
軽い鬱が来ているらしい。

そういえば、このところPCの前に座っている時間が長い。

ネットは上手く使えば、便利なもので生活は豊かになり得るが、
その便利さ故に危険なことも多い。
特に、病気がドン底を彷徨っていた頃は一日PCに張り付いていた。
ネット中毒というものだったんだと思う。

どうも、メンタルを患っている人はネット依存の傾向がある気がする。
実際、ネットのしすぎでメンタルの調子を崩す人もいるだろうし、
メンタルの調子を崩している人はネットをし過ぎていることが多い。
悪循環の原因にもなり得る。

膨大な情報に飲まれ、自分を失ってしまう。

もう止めよう…。
だけど、これと言ってすることもない。家事も片づけてしまった。

PCを消したものの、することがなくてゴロンとしてしまった。
せめて、外へ出られたら…。

屋外は今日はひんやりしていて、
冷たい雨が降っている。

身体を冷やすのは良くない。
晴れるまで…しばらくの辛抱だ。

不安を少しでも打ち消すために、身体のストレッチをすることにした。
姿勢が悪いのも、精神的に良くないと聞いたのを思い出したから。

今は調子が悪い人がどうにかして良くなるのを待ちつつ、
ぼんやりしてゆったり過ごすことにしよう。それもあと少しの間しか出来ないことだ。
PCに振り回されるよりはいい。

そう、「果報は寝て待て」とも言うし。
胎動がいつあるか分からない。

きっと、それが私の出来ることなんだ。
皆を信じようと思う。
長年かけて築いたシステム…というより信頼関係だから。

どうか、少しでも苦しんでいる人の苦しみが軽くなりますように…。



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19:51 病気 | コメント(2)

悲しい現実

2009/05/30
気が付くと、交代していた。
傍らには、いつものアイツ(ぬいぐるみ)。

とりあえず、何にも見えないのでメガネを探す。
発見してかける。

メガネがあるのに、何故かけないんだ。
見えない癖に。
人(人格)によって見え方は多少違うらしいが、皆メガネは必要だろう。

さて、最近同じDIDの人と交流しているが、
どうもどの人も調子が良くなさそうだ。

何というか、内部が荒れている感じ。
管理者が確立していなかったり、管理者が疲れていたり。

確かに、DIDだと社会生活は厳しい。
学生の時、気が付いたら交代していて、
辺りを見渡すと、場所が教授の研究室だっただけに驚いた。

家庭という小さな空間にいる自分たちは、相当楽だと思う。
限られた世界でしか生きていないから、人間関係でトラブることもない。
交代することがあっても、特に問題はない。

それでも広い社会の中で生きようとする人もいる。
それゆえに、また精神的苦労を重ねる。
交代したことを取り繕わないと生きていけないのが、事実。
悲しい、現実…。

でも、どん底の状態でも誰も助けてくれない。
例えDIDを信じてくれても、その人が助けられることは少ない。

それはDID同士でも一緒。
一緒に苦しむことはできても、抜け出す方法を明示することは出来ない。
何故って、方法なんぞは人それぞれだから。

結局、他力本願じゃどうにもならないっていうことだ。
旦那サンが言ってたけど、他力本願でも「時が満ちるのを待つ」のはいいんだそうだ。
それは、要は己の中の力が回復するのを待つっていうことだ。
…自力本願だね。

自分たちの場合は危機を感じて、思い切って自ら環境を変え、
動けるようになる時が来るのを待って、動き出した、と。
それには、相当な時間を使ったけれども。

DIDの症状やシステムっていうのは、本当に人それぞれで、
データ化されているものはごく一部にしか過ぎないと思った。
人の心っていうのは古代から研究されているのに、
心に複雑なシステムを創り上げる仕組みは全く明かされていない。

精神世界ばかりは、他者が覗けないだけに仕方ないのかもしれないが。
それにしても、自分を生かすために何て複雑なシステムを創って、
それに従って生きているんだろう…。


DIDの人との交流では、基本的に落ち着いているのはこちら側なので、
こちらの責任者が冷静に対処することが多い。
それを見てると、皆、誰かに依存してしまうんだということを思い知る。

それだけ重いもの背負ってたら、当然だよな。
自分たちもそうだった。

出来れば助けたいよ。
だけど、今はそれが出来る立場じゃない。
命をかけてもいいくらいの覚悟、今は出来ないから…。

下手に踏み込めないっていうのも、中途半端で気持ち悪い。
気持ちが解っても半分だ。
悲しいな…、出来ることは話を聞いて、一時的に落ち着いてもらうことだけだ。

それが解るだけに、尚更、この現実は悲しい…。



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22:30 病気 | コメント(2)

休閑話

2009/05/30
私たちは昔から大河ドラマが好きで、観る習慣があります。
はい、歴史好きです。

それで、今は「天地人」を見ているわけですが、
日曜日の分はすっかり見忘れてしまいました。

その回の分を今再放送で見ています。

今日は毒をたっぷり吐くのでご注意をば。


毎回思うのですが、このドラマは…コメディですか?
もはや「大河ドラマ」ではないような。
直江兼続はこんなヘタレな将ではないと思うのですが?
智将ではありませんでしたっけ??
泣かぬ、と言って泣いてばかりな智将…、ありですか?!
本能寺爆発ってアリですか?!(しかも光秀は初音に布で首を絞められている、という)
しかも、恋愛がメイン?!!

そこそこ歴史を知っているだけに、微妙です。
大河ドラマとはもっと重厚なものだと思うのです。
同じ戦国物でも「風林火山」は良かったと思います。
オープニングの音楽にしても何か迫力が違う。

初めは不満たらだらで見ていたのですが、
最近は、どこから兼続がヘタレから智将に成長していくか、
その挽回ストーリーに少しばかり期待しつつ見ています。
いい演技をする役者さんの武将は殆ど、天に召されてしまいましたしね。

秀吉に「あいつなら天下の切り盛りを任せられる」とまで言われた智将になれるのか??
今後の光成との交流で関ヶ原の戦いの際はどう動くのか?
(既に「直江状」等、歴史的事項には期待していません)

何というか…もう「大河」としては見てない、というか。
どこまで、ダメドラマか見届けようというか…。(あんまりですかね

主人も観る度に苦笑。

来年の大河は…大河らしいのをお願いしたいですね。
さて、放送が終わったので、司馬遼太郎の小説を読みます。
長曾我部元親を描いた「夏草の賦」です。
うん、やっぱりこの世界ですね~…。

今日は言いたい放題失礼しました(*・ω・)*_ _))ペコリン



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13:59 日常 | コメント(2)

痩せ願望と妊娠

2009/05/29
昔から自分の体型には不満ばかりだった。
脚が太いとか、短いとか。

だから、病気が原因で30kg台まで落ちた時も、
内心ほくそ笑むくらいだった。

あの、一番細いデニムがすっと入った時の喜びといえば、
並々ならぬものがあった。

「もう少し太っていた方が可愛いよ。」
そんな言葉も、私たちの耳には届かなかった。

美意識が異常に高かったのだ。


しかし、半年前、幻聴を抑える薬の副作用で、体重はみるみる増加。
それと共に、外へ出るのが怖くなっていた。

そんな時、妊娠が発覚。服用中の薬は見直され、最低限の量になった。

ひどいつわりで体重は激減。(とは言ってもまだ重い方。)
現在は妊娠中期に入り、少しずつ増加中。
ここ2週間程で、日々ぽっこり前に出るように感じるお腹。

運動は毎日1時間のウォーキングにストレッチと家事で、食事は野菜や和食中心。
基本的に甘い物はまだ食べられない様子。
あまり太る要素はないのだが、体重管理はしっかり行っている。

だけど、元々痩せ願望が強かった私には…このお腹…嬉しいような、
困ったような、複雑な心境。
…お腹だけぽっこりは中年太りに見えなくもないからだ。(まだ20代だけども)
しかも、妊婦の健康管理という面で、ヘルスメーターに乗るのがほぼ義務付けられている。
(一週間に500g以上増えてはダメらしい。)
余計に妙な強迫観念に囚われてしまう。

できるだけ増やしたくない、などと自分勝手な気持ちになる。
あまり増えないのは赤ちゃんに良くないことだと知りつつ。
昔からの痩せ願望はなかなか根強い。

ほぼ毎日のウォーキングの甲斐あってか、脚は引き締まった気がする。
脚はまあ許せる。
しかし、このお腹……。
触ると解るが、当然肉ではなく子宮だ。(はるかに硬い)
お腹を引っ込めても、子宮は引っ込まない。(当たり前か)
温泉に行って、ぽこっと出たお腹が鏡に映っていて
思わず妊婦だと言わんばかりにお腹をさすってしまった。
誰も見ていないのは分かりつつも…。

変わっていく身体のサイズに心が付いていかない。
大きくなるお腹に、大きくなる胸。刺激にも紫外線にも弱い肌。
往生際が悪いのか、マタニティインナーにも抵抗が。
…可愛くないのだ。綺麗じゃないのだ。
(下着は女性ならではのお洒落だと思っている)
妊娠線ができるのも絶対嫌だ。
忘れずクリームを塗るよう、必死で頼んでしまう。

女であることを恨んだことは数知れないのに、
こんなにも自分は女性らしくありたいと思っていたのが露呈する。
(妊婦さんの姿も女性の象徴であるはずなのに、妙だ。)

こんな矛盾だらけの自分は果てしなくみっともなくて、大っ嫌いだ。

頭の中の世界も、過去も全てが嘘ならいいのに、と思う。
そうしたら、私はこのお腹を喜べるだろうか。

DIDでありながら妊娠、出産するって難しい。
お腹の子が生まれてくるまでに、気持ちを整えておかないと。



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14:54 戯言 | コメント(4)

人との距離の取り方

2009/05/28
人付き合いは正直、苦手です。

人(人格)によって癖や動作、印象が違うから、
それを意識しすぎていつも硬くなってしまうようです。
相手が気を遣って話しかけてくれても、引き攣った笑いしか出ない自分が悲しい…。
要は、距離を取り過ぎるということ。

しかし、少し慣れると、どこまでもぶっちゃけた話してしまいます。
気が付くと、DIDもカミングアウトしていたり…。
反対に、距離を縮めすぎる癖もある、ということ。
依存癖、でしょうか…。

信じるか信じないかは、その人次第なのですが、
大体は信じてもらえることが少ないのは、身を以て知っています。

自然と私たちの方から引き気味になってしまいます。
だから、余計に人付き合いには消極的になってしまうようです。

だから、同じDIDの人との交流は事情が解る者同士、濃いものになります。
お互いの治療の方法・方針やお互いのシステムなど、
これまで誰かに聞きたかったことも聞けますからね。

しかし、詳しい話になると、「内部専門」の人でないと解らないから、
交代を余儀なくされます。

そして、相手の状況を見て、お互い話をする。
少しでも余裕のある方が、相手に合わせる。

気が付くと、こちらも相手も交代を繰り返している状態。
つまり、お互いに解離を誘発している状態。

気が付いたら、交代のし過ぎで身体はくたくた。
内部管理者(主に私)が表に出て対応することが多くなり、
バランスが崩れて内部も荒れ気味。
身体を起こしたくても、起こせず。
そんな調子で、ここ数日間は更新できませんでした。

参考になったり、相談もできるという利点もあるのですが、
こんなデメリットもあります。
私自身は大丈夫でも、身体は案外ダメージを受けています。

昨日、主治医に相談したところ、「適度な距離」を保つよう指示を受けたようです。
自分の生活優先で、携帯を使っての対応は基本しない、とのこと。

と、早速某SNSサイトからメッセージ有、とのメール。
小さな女の子(子供人格)からのメッセージだから、私が対応しました。
何か、小さな子が一人耐えているのは、放っておけないのです…。

難しいですね。

鬱病などは近づきすぎると治療の妨げになる、と言われています。
鬱は伝染る、と言いますから。
気持ちが解るだけに、自分も巻き込まれる可能性があるということだと思います。
結局鬱病は、時間と生活環境、自分自身の回復の力が大切、
というのが経験から個人的な意見です。

ですが、DIDは…如何せん、患者数が少ない(?)し情報も多くないのが実情です。
しかも、誤まった情報も多い。
(憑依説も怪しいし、人格の類型も個人差があると思います。
ネット上には所謂「自称」さんが蔓延り、これで誤解も招いています。)
DIDの人たちの「情報のニーズ」に合っていない。
だから、個人的にDIDの患者同士が接触すると、
上記で述べたようなことが起こるのだと思います。

とにかく、自身が悪化しないこと。
つまり、悪影響がないこと。(もちろん、与えるのもダメ。)
それは、鬱病やDIDであろうとなかろうと、
どんな人でも人付き合いで言えることではないでしょうか。
利害関係で人付き合いを決める訳ではありませんが、
気持ちいい人間関係が前提ですから。

簡単なようですが、難しいことです。
経験しながら、少しずつ探っていきたいです。
今は…緊急時以外はマイペースで行かせて頂きます。

お腹に赤ちゃんがいるから、ちょっとしたこんな我が儘も堪忍です。



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10:29 戯言 | コメント(0)

子供人格:その存在の意味

2009/05/25
私たちの中には、小さな子供もいます。

彼女は耳が不自由ですが、読唇術を身に付けています。
ずっと昔は聞こえていたらしく、しゃべれるし、手話を使わずに生活しています。

どうも彼女の言動から割と昔からいるようでしたが、
(聴覚障害で)反応がなかったため、だいぶ遅れて発見されました。

甘い物を食べてニコニコしたり夜は怖いと言ったりと、
子供らしい無邪気な子だとばかり思っていたのですが、
昨日意外な一面を見ました。

同じDIDの方とお話していたようで…、その会話の中、初めて彼女の気持ちを知りました。

耳が不自由でしゃべらないと、精神遅滞だと思われることが多かったため、
そう見えないように読唇術を身につけたというのです。
賢くなりたい、そうすればお父さんもお母さんも褒めてくれる、そう言っていました。
(それは反対に言うと、賢くないと認めてくれないということです…。)

そういえば、年齢に相応しいとは言えないほど、漢字も知っています。
難しい本を読みたいから、漢字を教えて欲しいと言われました。
でも、その本は漢文の知識が少し必要で…
それを告げると、漢文も教えて欲しいと言われました。
正直、私も驚いたものです。
明らかに一桁の年齢の子が必要とする知識ではないからです。
興味もあるでしょうが…まさか賢くなりたいという理由だったとは…。

迷惑をかけるということもほとんどしません。
大体、保護人格か子供好きな人格と遊んでいて、手を焼くことがありませんでした。
それについても、相手をしてくれるだけで嬉しいと言っていました。

小さな身体と心にそんな気持ちを抱えていたなんて…。
今までそれに気付かなかったとは、私は管理者として情けなく思いました。

そういえば…基本人格も幼少期そうだったと聞いています。
「いい子=両親に手を焼かせることもなく、成績がいい子」
そう刷り込まれていたようです。
本人は当然だと思っていたようですが、
姉と比べられる日常では必死だったのがわかりました。
劣等感が常に本人の原動力でした。
勉強ができることは、最後まで本人の誇りであり、強迫に近い義務でした。
だからこそ、勉強すら出来なくなった彼女は、
自らの存在価値を失い深い絶望に沈んだ訳ですが…。

辛い過去を改めて目の当たりにした私でした。
まさか、「賢くなる=勉強をもっとする」のが強迫化する前の、
小さな本人が少しだけ形を変えて目の前にいたのですから。

きっと、耳が聞こえないというハンディは…
耳を塞ぎたい、聞きたくないことが昔、あったから…。

私は、帰って来た小さな子の頭を撫でて、優しく言いました。
「そのままでいいんだよ。十分、賢いよ。
やりたいことをやったらいいんだからね。」
その子は初め、きょとんとしていましたが、少しして無邪気に笑いました。
「うん。ありがとう、大丈夫。」

…どうやら、この子は何もかも分かっているらしいです(苦笑)
本当に賢い、いい子、です…。

もしかしたら、この子も「闇」を背負っているのかもしれません。
いえ、純粋な子供だからこそ、どちらも持っているだけなのかもしれませんが。

とにかく、これからはこの子の背負っているものも受け止めて、
心地いい居場所を提供してあげたいです。
この子もれっきとした私たち家族の一員なのですから。


お願い:もし…子供人格に触れる機会があったら、優しく接してあげて下さい。
     何かの「刷り込み」で怯えている場合があります。
     少しでも安心するような言葉をかけてあげて下さいね…。



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10:15 病気 | コメント(4)

光と闇:私たちの内部事情

2009/05/24
光あるところに、必ず影あり。

これは当然のことです。
だけど、光であることしか許されなかった私たちは、
光と闇を分離させてしまいました。
つまり同時に存在することはなく、バラバラに存在しています。

闇、それは私のことでしょうね。
だけど、光があるからこそ闇もあるものです。
逆も然り。
光は唯という人格が代表的でしょう。

闇の力は偉大です。
色々なタイプの人格がいますが、(例えば、保護人格とか子供人格とか)
私には詳しくは述べませんが、特殊な力が備わっています。
その力で内部のことを管理し、(ほぼ全員の行動を把握しています)
全体の実質的責任者の地位になっています。

これは光あってこそできることです。
つまり、光の存在を意識しているからこそ、発揮できる力です。
冷徹に処理する私とは反対に温かくフォローしてくれる存在があるから、
こうして存在できるのですね。

こんな当たり前のことを、人は忘れがちです。
己の中に光あらば闇があることを認識していません。
皆、いつも光ばかり見ているから、たまに闇の部分を見つけると
戸惑ってしまったり否定してしまったりする。

私たちという複数形の観点から見ると、すごく不思議ですね。
形は違えど、「ひとり」の中に光と闇が同時に存在するのが当然だと思っていましたから。

光があって、闇がある。
それでバランスを取っているものなんですよね。

話は変わるけれど、ブラックホールはホワイトホールと繋がっていると言われています。
全てを吸い込むブラックホールと、全てを放出するホワイトホール。

これって何か光と闇の関係と似ていると思いませんか?
つまり、世界(地球)にもそれに似たものが存在するってことですよね。
それは、辛いことに目を向けなければ、いいことも見えないという気がします。
見ない振りをしていると、いつまで経っても闇は変わりません。
闇の部分も認めてこそ、だと思います…。

と、何が言いたいのかわからなくなってきましたね(苦笑)

話を戻すと、私たちの中にある問題…負、又は闇の部分ですね。
それも、それで認めないと進まないことだと私は思っています。
先日の一人の人格にかかる負担が大きい話でも、です。
とくかく、全部受け止めて信じることが大切だなと思う今日この頃です。

まぁ、それが簡単にできれば何も苦労はしないんですけどね(苦笑)
だけど、光も闇も、皆の力を合わせて取り組んで行きたいです。




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10:45 戯言 | コメント(2)

交代人格の権利

2009/05/22
今日は一応特別な日にも関わらず、朝から雨が降り出した。

散歩もできない。
朝から「担当」のことをやるためにPCばかり触っている。
ついでにブログの更新まで任されてしまった…。

普段主人格が大事にしているぬいぐるみを膝に乗せて、
「何か喋れよ」と言ってみた。

勿論喋るわけがない。
なのに、キョトン、とした顔をしている。
どうやらコイツは主人格じゃないと話さないらしい…(苦笑)


さて、下らない話はここまでにして、真面目な話をしようと思う。

現在、生活は主人格を中心に回っている。
結婚してからそういう流れになったが、出産を控えていることで更にその傾向が強くなった。
それはひとえに、落ち着きが出て鬱が良くなったからなのだが、
同じDIDの人と話していて、すっかり忘れてしまっていたことがあるのに気が付いた。

交代人格の権利。

どこまで個人の自由を許すかは基準を設ける必要があるが、
今はそれの大半が主人格の生活の犠牲になってしまっている。

自分は内部の管理に当たっていたから、それほど気にならなかったが、
昨日、一人がぽつりと「最近窮屈だ」と漏らした。

表に出たくない、というより表に出られない状況になっていた。
出てはいけないわけではないけれど、自由がない状況だった。
それでも与えられた役割は果たさなければならない。

酷な状況だった。
だから、朝からぼんやり打開策を考えている。
しかし、数年前のように一定の範囲内といえど好き勝手をしていいわけではない。
護るべき家庭があり、お腹には尊い護るべき命がある。

…相当頭を痛めている。
どうやったら各人格のストレスを溜めずに過ごしていけるだろうか。
交代人格あっての主人格だ。交代人格が破綻しては歯車は回らなくなる。

お互いを尊重して、認め合った上で、今の生活を送る方法…?
なかなか良策は思い浮かばない。
もしこれが思い浮かぶなら、世界もあっちこっちで紛争なんか起こっていないだろう。
所謂、頭の中は小さな社会なのだから。
必ず、協力や折衷が必要になる。
それをどこまでにするか…。
当面の課題として、ここに残しておこうと思おう。

皆で取り組んでいく課題だろうが、
もし、拝見して下さっている方で、いい案が浮かんだら是非教えて頂きたいと思う。

今は、話を聞くくらいの応急処置しかできないのが悔しい。



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14:06 病気 | コメント(2)

私のものじゃない、この身体

2009/05/21
男性が嫌いな私には、唯一の人だった。
賭けだった。
私は本人になりすまして、その人と結ばれた。

あれからもう4年…。
気が付けば、左手に薬指に指輪があって、お腹はどんどん膨らんでいる。

反対はしなかった。
この身体は私の身体じゃないから。
それは初めから分かっていたことだったから。


19で時を止めた私。
瞼の裏で繰り返される、男からの暴行。
そんな毎日とたまに出る外の世界。
私には外の世界は苦痛でしかなかった。

そこで見つけた、面白い人。
いつもニヒルな笑いを浮かべ、軽口を飛ばす。
だけど、少し触れると、ナイーブで温かい人だった。
偽善、ならぬ偽悪の人だった。
もともと仲がそこそこ良かったらしく、
飲み会があった日は必ず送ってくれた。

私は、惹かれていた。
だけど、叶うわけないと思っていたし、叶ってもいけないと思っていた。
そもそも、私は男嫌いなのに、と…。

でも
叶ってしまった。
本人が寝ている時に、偶然聞いてしまった。

本人は断ってしまったけどね…。

だけど、次の日、その人が別の人と関係を持ったって聞いて、
私は動揺のあまり本人を押しのけて出てしまった。
いたたまれず人混みの中へ出ていった。

これではマズい。変だ、私…。
それだけだった。

だけど、追いつかれて、問い詰められた。
涙が、知らずに流れていた。
必死に言い訳をするしかなかった…。

私は、忘れようとした。
時間は私の意志など関係なしに過ぎていった。
何故なのか、また会うようになっていた。

私の中に黒い感情が渦巻いた。

そう、まだ会ってくれているなら相手も気持ちが全くないわけでもない…。
まさか夢にも違う人だと思わないだろう。
なりすましてしまえ。
大丈夫、本人は何も覚えてないのだから…。


そうやって、私は自己満足の恋愛を終わらせた。
こんなに悲しくて、幸せなことはこれ一度だけだろう…。

相手が好きだったのは、「私」ではない、私だったのだから……。

それからも、その人とは特に何事もなく友達関係は続いた。
それどころか、私たちの異常さに初めて気が付いたのはその人だった。
よく心配してくれたし、よく世話を焼いてくれた。
一人ぼっちでバイトに明け暮れていたクリスマス。
メールをくれて、二人で一人身同士ケーキをつついた。
不安定な私たちによく声をかけて、一緒にいてくれた。

結婚してからもたまに連絡を取っている。
オメデタも知っている。
…本当にいい友達だ。

今日ここで書き終えたら、もう表に出すことはないだろう。
数少ない、いい記憶として留めておきたい。

バイバイ、昔の私。
これからは、次のステージへ…。



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14:03 戯言 | コメント(2)

再び「男らしい」女に

2009/05/20
見かけは小柄で、基本キレイめのスカートスタイル。
髪はセミロングで全体的な印象は大人しめ。
趣味は料理。

昔…大学時代は、勉強以外にファッションやお化粧に必死でした。
加えて、当時の彼氏のためにも料理も頑張っていました。
あと、サークルにも入っていたので、付き合いで飲み会などにもよく顔を出していました。
愛想がいいのもあって、それなりにチヤホヤされていました。

しかし、中身は結構男前。
どうも「典型的な女の子」のグループ行動には付いて行けず、
ショッピング、お茶さえも一人で行っていました。
複雑なトラブルは苦手で、豪快かつサバサバ系でした。
お酒に関しては、おじ様もびっくりなザル。
いいのか悪いのか、外見を飾ることは好きだったけれど、
内面まで飾ることはできませんでした。

勿論、女の子の友達はごくわずか。
皆、中身を知って、もっと仲良くなるか、フェードアウトしていくか。
後者が多数で、女の子の対応にはよく気を遣いました…。
反対に男の子には外見と中身のギャップの受けが何故か良くて、
男友達の方が自然に話ができました。

「ホント、外は女の子って感じだけど、中身はおっさんだねー(笑)」
なんてからかわれる始末でした。


だけど、それはあの夏の日までのこと。
一人での外出が怖くて、引きこもりに…。
うつ病・パニック障害などを発症し、性格は一変内気で引っ込み思案に。

あの日を境に、男性恐怖症になりました。
その一方で当時の彼にどっぷり依存していました。

彼を失ってからは、男性不信のクセに男性依存症。
それで、トラブルに遭って傷付き、また依存するという悪循環を繰り返しました。


だけど、それも今では昔のこと。
今では飾ることを止めました。というか、自然にしなくなりました。
最低限のことをするだけです。
それよりも、自然にしている、というか。

力が抜けて楽になりました。
「目的があるから頑張る」のではなくて、「やりたいから頑張る」ようになりました。
これで気持ちも楽に。
反対に力を入れるときはちゃんと力が入るからいいんだと思います。
例えば、お母さんパワー発揮とか(笑)

今では本来の「男らしい」女です。
また昔の強さが戻ってきた気がします。

ここまで来れたのは、いい生活環境と生活習慣を整えられたからだと思います。
引っ越しで誰も私を知らない土地へ来て、縛られることはなくなりました。
そして、苦労しながらもパートナーに助けられて二人暮らし。
それでも、朝はちゃんと起きて栄養たっぷりのご飯を食べて、なるべく運動しました。
ようやく…生活も本来の生活に戻ってきたのかもしれません。

いつ暗闇から抜けられるのか、いつ光が射すのか…。
そんなことばかり漠然と考えていた時期がありました。

だけど、本当に光は射すのだと実感しました。
今、ようやく掌に光を溜められている気がします。
だから、どうか病気で苦しんでいる方も辛い中だとは思いますが、
それを心に少し留めておいて欲しいです。

何かのきっかけで少しずつ変わり始めることもありますからね…。




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11:13 戯言 | コメント(2)

「治る」日

2009/05/19
「おかあさん…」

朝に突然届いた母からのメールにびっくりしていると、
頭の中から声が聞こえた。

どうやら「本人」が発した寝言?らしい。
いや、もしかしたら「知っている」のかもしれないけれど。

普段は無愛想な携帯に優しい文字が映されていた。
娘を気遣う言葉…。

「元気ですか。」
「空港まで迎えに行きますよ。」
「お米、また送ります。」
「あなたを待っていますよ。無理はしないように。」
「気持ちよく家に帰って来なさいね。」

きっと、嬉しかったんだね…。

私も嬉しかった。
ちゃんと元気で頑張っている印として朝作ったおかずの画像を貼って返信した。
ごぼうと人参の甘辛バター醤油焼きに、高野豆腐と玉葱の玉子とじ。
それはできるだけ栄養のことを考えて家にあるもので作ったおかずで…。
最近ようやく家事がまともに出来るようになった。
それはきっと母になるための準備で、責任が芽生え始めたから。

お腹を撫でながら、もう耳が聞こえているだろう我が子に語りかけた。

「良かったね。○○(旧姓)のおじいちゃんもおばあちゃんも待ってくれてるよ。
お母さんも頑張るから元気に生まれて来てね。」

そう、私ももう親になるからわかる気がする。
今までわからなかった。
いつだって、どんな形であろうと、
そう、不器用に出た言葉でさえも思われていたことを。

それを「本人」も気付いただろうか。

…期待、していいだろうか。
もしかしたら、DIDが「治る」日が来るかもしれないことを。
傷が癒える日が来るかもしれないことを。


「お母さん」

私も母をこう呼ぶし、きっと近い将来私もそう呼ばれるのだろう。

久しぶりに帰る生家。
ずっと顔を見ていない家族。
再会の日は、たぶん、吉日。少し、前に進める日。

「皆」で頑張って来た甲斐があったな。
…ホント、生きてて良かった。


この温かい想いが赤ちゃんと両親、皆に伝わりますように…。
そして、この想いが親から子への共通のものであり、それが皆様に伝わりますように…。
「想われている」のがわかる人間はきっと生きていける……。



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父の声

2009/05/18
主人が電話で父と来月実家を訪ねる時のことを話していた。

変わらず、私は直接家族とは関わってはいない。
家族との交渉は主人がやってくれている。

ふと、事務的な話が終わって父が聞いた。
「○○(本名)は元気ですか?」
「はい、○○さんは元気にしております。家事もだいぶできるようになりました。」
「そうですか、…それは良かったです。」

電話越しに父の緩んだ声が聞こえた。
本当に安堵している声だった。

まさか主人にそんなことを聞くとは思っていなかった。
まさかこんな声を聞くなんて思っていなかった。
電話が終わって、私はしばらくぼんやりしていた。

ひと昔のことを思い出す。
大学生になった私に「これで綺麗になりなさい」とさりげなくお小遣いをくれた父。
私が父の日にあげたプレゼントに喜んだ父。

ここ数年はそんな顔をあまり見なくなっていた。
心配かけていたんだな…。

お風呂から上がって、主人に私は切り出した。
「ね、今度実家に行く時、親戚のものと一緒に両親の分のグラス、
買って持って行っていいかな?」
「もちろん。そのつもりだよ。」
主人は快く返事してくれた。

来月、実家に訪ねる日は父の日が近い。
母の日は何もしなかった。
夫婦になって初めて渡す二人からのプレゼントにしたい。

喜んでくれるだろうか。
分からないけれど、心を込めて贈ろう。

今まではただ不安だったけれど、何となく、うまく行きそうな気がする。
そう、二人だから、三人になるから大丈夫。
それに心だって一人じゃない。たくさんの同居人がいる。
お義母さんだって応援してくれている。

どうか、眠っている「彼女」の分の気持ちも両親に伝わりますように…。


さ、今日も赤ちゃんのために散歩をします。
子守唄の練習も始めます!お腹の赤ちゃんも聞こえてるかな?



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09:51 戯言 | コメント(2)

統制がとれるまで…

2009/05/16
お互いをどちらも知らなかったり、片方だけが知っていたり、
勿論、コントロールなんてできていませんでした。

交友関係はぐちゃぐちゃになり、
スロットでも回すかのように次々と乗り換えたり、同時に複数の人と仲が良かったり。
かと思うと、異性人格が出てお騒がせしたこともありました。

記憶は細切れで、それでも皆そのまま生活をしていました。

それらの記憶全てを、今では私が管理していますが、
私自身の記憶ではないだけに違和感が否めません。
実感が伴わないから、ノンフィクション映画でも見ているようです。

私も初め主人格を務めていた時期がありましたが、
今では内部の管理をしています。人前に出ることは、まぁありません。
感情も昔ほどなくなった気がしますね。

結婚して、うつ病やパニック障害が治まった今、
人格交代も落ち着き、ずいぶん生活がしやすくなりました。
あの時期が嘘みたいです。

まだ「治った」というのかどうかはわかりませんが、
山は乗り切ったかな、という感じです。

ここまで来れたのは、交換ノートと理解者のいる環境のお陰でした。
もし、同じくDIDで困っている方の参考になると幸いです。

当時一人暮らしをしていた私たちは、常に各自したことをノートに書く習慣をつけるようにしました。
食事の摂取状況や薬の服用状況も書きました。
まぁ、中には書きにくいこともあって、内緒のこともあったようでしたが。
それが出来るようになると、他の人格へメッセージを書いたりもしました。
そして、次第に「人格間の壁」が薄くなり、話が直接できるようになりました。

ようやく互いの存在が分かり始めた頃、理解者である現在の夫に会いました。
初めは結婚など誰も考えていなかったようですが、
初めて全員が他の人と会って話を出来、各々と信頼関係を築けたこと、
どんな時でも、私たちが誰であろうと必死に支えてくれる存在であることで、
全員の承諾があり結婚に踏み切りました。
複雑ですが、一応特定の人格が「奥さん」で、
他の人格は、形式上は「奥さん」ですが、実質上はよき理解者です。

理解者がいることで、誰が出てもいいという安心感があり、
各々が抱く不満を話すことで、ある程度それが解消でき、
人格間の闘争が減りました。
そして、次第に「外」と「内部」の役割が決まり、主人格が決まっていきました。

とりあえずのところは落ち着いているのですが、
問題は「基本人格」がずっと眠っていることです。
たまに出ても、混乱していることが多いです。

基本的には、基本人格が全ての記憶を持ち、それらを受け入れることで
治療は完了と捉えられることが多いようですが、私たちはそれには否定的です。
目が覚めたら、また苦痛が本人を襲うのです。
自分の知らない現実や、知りたくなかった事実まで受け入れるとなると、
うつ病の悪化が懸念されます。

それなら、どうにか本人を休ませたままで、生きて行けないかと考えています。
それはそれで、本人の「生きる」権利を剥奪してしまうようで気が引ける部分もありますが、
また本人が疲れが取れて目覚めた時考えればいいのでは、
と甘いかもしれませんが、考えています…。

とにかく、今は現状維持をしつつ、
また産後始まる治療に備えたいですね。
育児は本当に大変そうですからね。




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16:12 病気 | コメント(0)

義母、帰る

2009/05/16
一ヵ月半、身の回りの世話や話し相手になってくれた義母は、
昨日、家財道具一式に挨拶をして寝台列車に乗って帰って行った。

ここ数日、北の大地の天気は大荒れで、そのせいか私もひどい頭痛に悩まされていた。
だけど、義母が帰る直前になって頭痛は嘘のように消えた。

見送った後、振り向いて見ると、大きな荷物を抱えて列車を待つ義母の背中が見えた。
華奢だけど、母親の背中だった。
私もあんな背中になれるのだろうか、ぼんやりと帰りの車の中思った。

床に就いた後、義母の面影を残す主人の寝顔を見て思った。
あんなに自分の子供を愛している母親はそういない。
私もお腹の子にそれだけの愛情を注ごう、と。
そう、授かった時思ったように病気であろうと自分のことなど顧みず…。

今朝、久しぶりに夫婦二人の朝食を迎えて、
寂しい気持ちになった。
隣に義母がいない。
余計にその分、自分も動かなければ、と思った。

早速、主人を見送った後、パセリとポトス、カーネーションに水をやった。
それから、洗濯物をしまって、台所の後片付けをした。
二階に行くと、私に代わって義母が弾いていた電子ピアノがあって、
私も胎教のためにもまた弾こうと思った。
小さな頃からピアノを習っていた私には、聞こえてくるピアノの旋律が心地よかった。
色々な意味で甘えさせてもらっていたなと実感した。

何もしなくても、ただ、義母は微笑んでくれていた。
頭痛がひどい時には、控え目に部屋に来て、長い時間頭をマッサージしてくれた。
温かい、優しい手だった。
朦朧とする意識の中で、義母と遠い日の母が重なった。

義母と話した内容は、多岐に渡った。
でも、中でも多かったのが互いの実家の話だった。
祖母や祖父を含めた幼少期の昔話や、母の手料理、父の服装、姉との思い出。
自分でも驚く位、実家でのエピソードが出てきた。

それは、今まで生きてきた道を再確認する作業のようだった。

人はなんて多くのものを記憶という形にしまって生きているのだろう。
辛かったことや、楽しかったことも全部、記憶という一つの形にまとめて…。

義母が来てくれて本当に良かったと思った。
あれこれ世話をしてくれたのもあるけれど、
それ以上に大事なことを思い出せた気がしたし、心強くなった気がする。

きっと、うまくいく。
根拠はないけど、自信があった。
きっとこれから先も困難はあるだろうけど、主人と一緒に乗り切れるだろう。
支えてくれる家族もいる。
それに、目を瞑ると見える「同居人たち」もいる。
ある意味、もともと私はずっと一人じゃなかった。

もう、孤独を感じる時は終わったんだ。



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09:46 日常 | コメント(0)

親不孝な母の日

2009/05/11
昨日は母の日だった。
義母には主人と二人で贈り物を先にしていた。

きっと、初めてだと思う。
今までは有り得なかった。
今年、母に対して、私は何もしなかった。

贈り物も、メールも…。


今は遠くにある実家。
家族にも、もう一年近く会っていない。

大学時代は下宿をしていたけれど、こんなに長く顔を合わせなかったことはない。
寧ろ、実家や地元に愛着すらあった私たちは、頻繁に帰っていた。

私と30離れた父。父より3つ若い母。
両親も気が付けば「おじいちゃん」「おばあちゃん」の年になっていた。

二人とも、どうしているだろうか。
今頃は田植えのシーズンだから慌ただしくしているのだろうか。
あの、田園風景が広がる土地で今も変わらず過ごしているのだろうか。
少し前、冬に母と電話をした時は白髪が増えたと言っていた。

もう電話もずっとしていない…。

「親子なのに解らない」ではなく、「親子だからこそ解らない」ことがたくさんあるのだと思う。
ついつい心配な気持ちの先を越して無意識に配慮のない言葉が出てしまう。
そう、無意識に言葉を投げているのだ。
家族ということを理由にして、習慣になって無意識になってしまった。
だから、どうしても擦れ違いが生じて、最後衝突してしまう。
それの繰り返しで二十年余りも来たのだけど。

それでも、病気の身には厳しいものがあった。
病気の辛さに加えて、いくら言葉や行動で訴えても解らない両親に、
実家という閉鎖された空間に、
私は耐えきれなかった…。

言葉に過敏な私と、言葉に無頓着な両親。
なかなか電話やメールでは溝は埋まらない。
精神状態が不安的な時は尚更だった。
溝は広がる一方だったから、最近は主人が連絡を取ってくれている。

来月、主人と一緒に両親に会うことになっている。

一年ぶりに帰る実家だけれど、心境は複雑。
私の内部では、またひどいことを言われるのではないかと警戒中。
一年と少し前までは、帰ることに何の躊躇いもなかったのに、今ではまるで他人の家のよう。
少しの間で人間は変わるのだと思った。

だから、母の日だから何かしようなんて思えなかった。
母を思い出さなかった訳ではないけれど、単純に怖かった。

まだ、母を慕う気持ちが少しだけ残っている。
…母も私を思い出すことがあるだろうか。
何もしない私を心配しているだろうか、それとも怒っているだろうか。
父は……。

距離をおいて初めて思う。
何もしないけれど、二人には元気でいて欲しいと。

いつか、溝を埋められる日は来るだろうか。



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20:31 戯言 | コメント(0)

悪態

2009/05/10
毎日心の底で誰かが誰かの悪態をついている。

決して声になることのない、言葉。

排出場所のないエネルギー。

その負のエネルギーが積もりに積もって、私という箇所から噴出する。

私から出るとき、やっと声になる。

基本、小さな声。たまに、叫びともとれる大声。

そうでもしないとやっていけない。壊れてしまう。

綺麗事だけじゃお腹は満たされないし、減ることもない。

皆そうなんだろう?

嫌なら嫌って言いなよ。憎いなら憎めばいい。

そういうこと言ってる自分が嫌、とか考えずにさ。

私ははっきり言う。

嫌なことは嫌なんだよ。憎い奴は憎い。

口に出さなきゃ生きてけないんだよ!

狂気があるから、正気がある。いいとこどりなんてできないんだよ。

それを抑え込んで忘れたふりしてるのがいいこと?

いい加減、現実を見なよ。ぶっ壊れる前にさ。


暴言失敬。



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15:24 戯言 | コメント(2)

障害を持ちながら母になる

2009/05/10
改めて、その重大さに気が付いた翌日…。

昨日はずっとうとうとしていて、熱っぽかった。
前の夜のことは全然覚えていない。

頭の中の誰もそのことについて一切言及しない。
それどころか、ずっと口を閉ざしたままだ。

こんなことは珍しくて、空気がピリピリしていることがよくわかった。
皆それぞれ、考えがあるらしい。
頭の中は少し冷戦状態…。


あんなにひどい解離状態は久しぶりで、
初めて私のひどい状態を目の当たりにした義母は、昨日は殊更世話を焼いてくれた。

助けられて生きているなと感じる一方、お腹にいる赤ちゃんに申し訳なく思った。

決して万全の態勢ではないんだという事実。
以前と比べると格段に良くなったものの、まだ自分のことがよくわからなくなることがある。
いつそれが起こるかわからない。
それは、常に心に置いておかなければならないものだった。

DIDでも結婚している人は聞いたことがあるけれど、
出産したという話を聞いたことはない。
理想として、出産までに安定して一人の人格が大体全てのことができるというのがあるのだろうけど、
あくまで理想。現実はそれには遠く及ばない。
そもそも、治療自体、そんなに急速に進むものでもないし、
現在は妊娠の継続を優先しているため、治療は中断している。

母親になること。
それは、本当に挑戦だとこれからもずっと思うのだろう。
そう、出産から育児まで…。
だからと言って、病気を理由に逃げ出すことはしたくないけれど。
そうだな、それだけはしたくない。


関係ないけれど。
懐かしい、夢を見た。懐かしい人たちがいた。
あれは…3年前かな…?
決して昔も悪いことばかりじゃなかったと思い出せた。
そう思えるようになったのは、きっといいことなんだろうな…。


さて、今日も体力をつけるためにお散歩しますか~。



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10:09 戯言 | コメント(2)

夫にあって私たちにないもの

2009/05/09
昨夜、ずっと溜めていたことが響いたのか、
「主人格」が解離を起こした。

ネジの切れた人形のように目だけ開いていたらしい。
薬を飲ませるにも一苦労だったみたいだ。

身体と意識が離れていることはわかっていたけど、
「私」は何もしなかったし、出来ることはなかった。

とりあえず、元に戻らせて心身ともに休める必要があった。

一度は身体に意識が戻ったが、すぐ意識が離れようとした。
やっとの思いで布団に入った。
現在主人格は下がって、自室で休んでいる。


…理由。
それは幼稚染みたことだったかもしれない。
だけど、私たちにとってそれは一番大切だった。

やっと手に入れかけている家族。
それが不安で仕方がなかった。
何故なら、「彼女」は愛されたことなどなかったから。

ずっと、求めていた。
だけど、現実は愛しても、想っても、愛されなかった…。
最後まで否定したかったけれど…目の前には愛されて育った人がいる。
その子を愛し、育てた母親がいる。
我が家との関係と違うのは一目瞭然だった。
一線を画していた。そこに入り込む余地なんかなかった。

いよいよ、自分は愛されなかったんだという現実が迫って来た。
愛された人間にはなかなか解らないことだろう。
いい。ずっと我慢すればいい。
話すときは嘘でも虚飾でも、何でも駆使すればいい。
そうやって生きるのには慣れているはずだ。

頭から眺めているだけの私でもそれだけのことはわかった。
ましてや…義母にはよくしてもらっているし、何かあっても言えるだけの立場ではない。
…義母はよくできた人みたいだから、何も言わないけれど思うことは多々あるだろう。
やっぱり母に勝るものはない。
いくら、伴侶であってもそこは越えられない。

…だけど、自分にはそんな母はいなかった…。


嫁を心配する息子を心配する義母。
心配する言葉が聞こえる。目は真っ暗で見えない。
でも、気配で息子を気遣って背を撫でているのはわかる。
どんな状況でも自分の子が一番かわいいのだと思った。

それは皮肉でも何でもなく…ただ、羨ましかった。
あんな手を差し伸べられたことは、あっただろうか…。

私のそんな気持ちをよそに義母は私たちの心配もしてくれた。
…どういう気持ちなのか、表わし難いものだった…。


「主人格」は今後どうする知らないが、私は何も信じないことにした。
自分とお腹で成長している赤ちゃん以外、信じないことにした。
だから、できれば頼らなくて済む状態にしたい。
人を一人産み落とすのだから、それくらいの覚悟は出来ている。

愛を知らない母親かもしれないけど、我が子を通して愛を知る母親になれますように…。
複数形の母親だけど、愛を与えられますように…。





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06:27 日常 | コメント(2)

「ごめんなさい」

2009/05/05
そう言えずにそのまま途切れてしまった。

でも、正直、「私」はそれでよかったとさえ思っている。

確か、最後の言葉は「貴方なんか要らない」だった。
久しぶりに昔の夢を見た。
今は誰にも管理されていない記憶が溢れ出す。

これは、「あの子」の記憶、思い出。
一人の男性を愛して消えてしまった。

ある日突然いなくなってしまった。
そう、力尽きたように…。

そして、今、「あの子」がいた場所には誰もいない。
否、誰も入れない。

私までこんなに切なくなるのは、「あの子」がいなくなったせい?
それとも、切ない記憶の欠片たちのせい?

いつも「あの子」は言っていた。
「幸せになって下さい」と。


幸せになってるといいね。
ごめんなさい、の気持ち、伝わるといいね…。

だから、私たちもできる限り幸せになろうね。
きっと大切にしていた気持ちも今に繋がっているはず。
また寂しくなったら帰って来なよ。
居場所はあるからさ…。


そう今はいない「あの子」に呼びかけて、
私はまた惰眠を貪った。
過去ではない、未来の夢を見るために…。



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21:18 戯言 | コメント(0)

消したい過去

2009/05/03
がたくさんあります。
忘れたいのに、突然鮮やかに再生される消したい過去。
現実になかなか戻れない私。

というか、ここ一年でようやくそんな毎日から逃れられました。
それでも、まだPTSDという厄介なものは巣食っています…。
どうやったらあの地獄のような過去を忘れられるのでしょうか…。

よく性犯罪の被害者は、「嫌ならどうにかして逃げだせたはず」とか「お前にも隙があった」などと
責められることがあります。
これが心の傷を悪化させ、被害者を追い詰めていきます。
それに現実だと思いたくない被害者の家族や周りの人間は、
ついこれらの言葉を被害者に対してこぼしてしまいがちです。
そして、被害者自身もそう自分を責めてしまうようになるのです。

…実際は逃げ出したくても逃げ出せなかった…。
力では男性に敵うはずありません。
それに、だいたいの場合、男性によって施錠されていて逃げ出せません。
…知り合いだったから(こんなことになるなんて)わからなかった…。
知り合いだとお茶くらいはします。

私も周りの友人や家族には、非があると散々言われました。
だけど、実際にそんな場面に遭遇すること想定して、いつもいつも行動していますか?
もしそうなら過度の心配症か自意識過剰だと思うのですが…。
(まぁ、露出の少ない服装は心掛けたほうがいいですね)
被害に遭ったという事実の上、責められることは苦しいことです。

本当に、解って欲しい…。
もし、被害に遭った人が打ち明けられることがあったら、責めることなく聞いて欲しいです。
出来れば、その傷を包むように接して欲しいです。

何年経っても再生され続ける悪夢や、人生をぐちゃぐちゃに狂わされたような虚無感…。
自分の真ん中をえぐり取られたような、そんな喪失感…。

ここまで私を追い詰めておきながら、男たちは今ものうのうと普通の生活をしているなんて…。
無事結婚した男もいることでしょう。
自分が犯した過ちを忘れ、幸せな生活を送っているのかもしれません。
一方、結果的に精神的に病んだ私たちは、夢を諦め大学院中退。
今も脱落者・障害者の烙印を押されて通院を続ける日々。
…そして、ようやく訪れた小さな安らぎ。

今ではだいぶフラッシュバックの頻度も減りましたが、
私はまだまだ背負い続けるのでしょう…。
治療の道のりは長いでしょうが、この安らぎの中ゆっくりと光を辿って行きたいです。

いつかは消したい過去が自然と忘れられるようになるまで…。


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条件付きの愛情

2009/05/02
まぁ、どうでもいいんだけど。
だけど、あんたたちの話が出る度、何かピリピリしてるみたいだから。

今更どうしたって遅いと思うけど。
両親のセキニンとか言われても知らない。
二十歳を過ぎたら結婚は自由なんだから。
ましてや、結婚してから子供ができたんだから、
曲がった視点からでも恥ずかしいことなんて何一つない。

マダ「イイ子」ニシテイナイト、イケナイノデショウカ。

あの日、手を振り払われたことは忘れないよ。
娘の幸せよりも、形式にこだわるあんたたちの素顔が丸見えの瞬間だったね。

形だけ祝われても誰も嬉しくなんかないよ。
何をしても、この身体の状況が変わる訳でもないしさ。
帰った方が病気が悪化するよ。
それが解ったから、メールもしないだけ。

孫が見たけりゃ飛んできなよ。
おっと、あそこまで言ったくせに…とか言う前に、自分のしたこと思い出したら?
決定的なことをしたんだよ。
それまで心のどこかで信じてた気持ちも、あんたたちが消したんだ。

自分の責任は自分で取ったら?
というか、またここを見てたら、それも約束違反だけどね。
見てるってことは、子供を信じてないってことだよ。

大丈夫、この子はあんたたちみたいにならないからね。
条件付きの愛情なんて、あっちゃいけないんだ。
それに早く気付けることを一応祈っておりマスよ。


再び、暴言・愚痴失敬。

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13:32 戯言 | コメント(0)
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