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危機

2009/03/30
気がついたら皆が混乱していた。
普段冷静なあの人でさえも。
皆、疲れすぎなのか顔色が悪い。

とりあえず今日は検診の日だと聞いていたから、私が「出て」起きることにした。
病院にさえ行ければいい。
身体はひどく重くて頭がふらふらした。
「出る」のは久しぶりだった。

今も身体は動くことを拒んでいるかのように重い。
重い枷を手足にはめているようだ。
身体と脳は休息を求めて叫んでいる。
どうやら、身体は眠っていないらしい。
だけど、今「誰か」が出ないと、生命の維持(母体と胎児両方)に最低限のことができない。
「今」、「的確」な「人」がいない。。。そう思った。

さあ、そろそろ用意をしなければいけない時間だ。
ご飯に呼ばれて、声を出さずに相槌を打った。
とりあえず、今だけは。

そう、とりあえず今だけは。。。



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14:37 病気 | コメント(0)

環境の重要性

2009/03/28
精神的な病というものは、いかに周りの環境が重要かがわかるものだと思う。
勿論、生活習慣を正すことも大切だけど、それは環境が整って始められることだろう。

ずっと長い間、鬱は良くなってくれなかった。
何度も入退院を繰り返したけれども、結局入院する前の状態に一ヵ月も経たないうちに戻っていた。
鬱は交代人格さえも蝕んでいった。
人格は少しずつ増え、今では大家族の様を呈している。

一人暮らしをしていた頃、その時はまだ人格間でうまくやりとりができなくて、
記憶を残しておくために各々が出来事を書き記したという。

今はずいぶんと落ち着いたのだろう。
皆、交代の時には「引き継ぎ」を行う。

昔――と言っても少し前だが、かなり周りに警戒心を抱いて過ごしていたと思う。

きっとある時期の先生に「人格が交代したとしても周りに気づかれないように」と言われていたからだろう。
当時は人格交代の際には必ず過呼吸を伴っていた。
その先生曰く、初めは皆心配するがそれを重ねるうちに信用をなくし、最終的に自分を追い込んでしまうから、ということだった。
でも、結局交代を止めようと努力しようがどうしようが、どうみても「異常でちぐはぐ」な雰囲気を無意識に醸し出し、
行き場を失ってしまった…。
行き場を失くした私たちは、一人耐えるしかなかった。
いつしか、心を閉じ、内面世界に籠るようになった。
でも、一人でいるには危険過ぎた。
あちこちに散った鬱が芽を出し、皆の判断力を削いでいった。

とは言っても、理解を求めるには難解な病気だった。
一度は受け入れてもやはり無理だ、と去っていく人も少なくなかった。
家族は打ち明けても説明しても、ずっと一緒に暮らしてきた家族だけに抵抗が強かった。

気がつけば、鬱病を発症してからもう6年という月日が経とうとしていた。

今もこの身体は一人称が複数形を保ったままである。
けれど、環境がガラッと変わったお陰なのだろう。
人の助けを得て、一見「普通」の人として生活できるようになった。
各々を「否定」されることなく、生きている。
まだ助けなしでは生きていけないだろうが、それは私たちに限らず誰にでも言えることなのかもしれない。

どんなことにでも言えるだろう。
最初から「否定」される環境は、一番良くない。
例えば、職場でも家庭でも、はなから否定することは、
その人の成長を阻むだけでなく悪影響を及ぼす。
病気も同じで、初めから否定されると治療の妨げとなるし、悪化に繋がることも十分あり得る。

「知らない」「興味がない」ことは恐ろしい誤解や否定を招く。
だから、どうかまずは正しく知って欲しい。
それがより良い環境の礎を築く。
環境が整えば、回復への道はそう遠くない。


そのために少しでも多くの人に知ってもらえますように。。。

そう信じて私はブログを綴っている。



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15:11 病気 | コメント(2)

交代、通院日

2009/03/26
昨日から「交代」しています。
思いの外、この身体は疲労が溜まっているようで…、
意識を持った瞬間、目まいと耳鳴りで頭が真っ白になりました。
やれやれ、どれだけ無理をしていたのやら…。

詳細を聞くことなく、交代したので記憶はぶっ飛んだまま。。。
それで診察って大丈夫かな、と思っていたら…
やっぱり「私」が知らない間に主治医が変わっていました(´-∀-`;)

今はお腹の赤ちゃんの大事な時期なので、
頭の中も厳戒態勢なのです。

それで、診察もソツなくこなそう、と思っている矢先…
「前回の点滴はどうでしたか?」
そう聞かれ、思わず隣にいた夫(に当たる人)に聞くことに。

話は大きくもつれ、「解離性同一性障害」の話に…。

先生は長年精神科医をやっているようでしたが、「わからない」とハッキリ言い、
私の会話から、どうやらどのような病気かというのを想像して治療の道筋を考えて下さっていた模様…。

…長年病院に通っていて、こんなに聞いてくれた先生はいなかったな…。

だいたいの先生が複数の人格が存在するという病状を確かめることもせず(適当に流して)、
とりあえず目の前にあるうつ病等の治療を優先してきました。

とにかく今は無事に妊娠を継続、そして出産を終えることが第一ですが、
その後の治療計画も立ちそうな予感…。

少しだけほっとしました。

勿論、まだ本人を覚醒させることに「私」は抵抗があります。
彼女を中心にまとまろうというのは、再び古傷を蒸し返して彼女に辛い想いをさせるし、
実際問題として無理があるし、それにかかる時間は膨大になると思われます。
彼女が望んでいるとしたら、それは今まで叶えられなかった安息でしょう。

ずっと幼い頃から何かに怯えて生活をして来た彼女。
私は彼女に安息を与え、幸せというものを感じて欲しいのです。
勿論、長年連れ添ってきた「皆」と一緒に…。

もし…私たち一人一人がパーツだというのなら、まとまった状態はパーツがきっちり合わさった状態。
それはきっと、本人の本来の姿というよりも、また別の人間になっているはずです…。

どうか、その日が幸せでありますように。
皆の想いはバラバラになることなく、続いていますように。。。

幸せな未来図を描いて、私たちは進んでいくのです。



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19:12 病気 | コメント(0)

「私」の疲れ

2009/03/24
土曜日から出血が見られ様子を見ていたのですが、
「心配ない」と自分に言い聞かせる一方、
不安で仕方がなかったので病院に朝一で行って来ました。

結果は赤ちゃんに異常なし、ということでひと安心…。
お腹の張り止めと止血剤をもらって家路に。

さすがに疲れてしまったのか、「私」もちょっと引っ込みたい…というのが本音。
このところずっと出ずっぱりですからね…。

さすがに、「私」一人じゃ全部を背負いきれないらしい…。
実家とのこととか、つわりだとか、人づきあいだとか。。。
勿論、主人は横で支えてくれているが。

その為に「役割」があるのだけど…。
皆、敢えて何も言わないし、無理やり交代などもしない。


しかし、最近ずっと眠りが浅い。
寝付きが悪いし、二度寝しても何度も目が覚める。
倦怠感は拭えず。
うつの症状とか妊婦ならではの不安を差し引いても、やはり疲れが溜まっているのだと思います。
身体ではなく、「私」自身が。

ずっとずっと「私」が表に出ていることに限界を感じる部分がある、と正直感じるのです。

ここ一年…結婚に引っ越し、妊娠と色々あったために、
病院での治療は不眠やうつ病や幻覚・幻視の治療が主でした。

今ではカウンセリングなどの解離性同一障害…多重人格の治療は忘れ去られた状態です。
(というか、もともと認知されてなかったりもしましたが)

でも、妊娠中の今、むやみに人格が交代して母親の心が落ち着いていないのはどうなんだろう、
そう思うと「私」が出ないわけにいかない気がして…。
もちろん、本人が目覚めるとパニックでしょう。

悩みは尽きないものです…。



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22:45 日常 | コメント(0)

病気と妊娠

2009/03/20
昨日、産婦人科に主人と行って来ました。
すると、小さな小さな塊の一部がピコピコ動いています。

あぁ~、よかった…。

「順調ですよ^^」
と先生にも言われ安心…。

赤ちゃんも頑張ってくれてるのね…。゚(゚´ω`゚)゚。
胎嚢と呼ばれる袋(まぁ、胎盤や臍帯ができるまでのお弁当みたいなものです)と
お腹に張り付く赤ちゃん…。

お母さんが辛くても赤ちゃんはただひたすら生きることに一生懸命なんですね。



さて、こんな最近の私ですが、やはり「薬を飲んでいるのに子供を育てていけるのか」と
何回か聞かれたことがあります。

そりゃ…初産だし、産んでからはもっと大変かと思うと不安はたくさんありますがね…。

私はこの子を、何があっても…そう…たとえ人格が崩壊しようと、発狂しようと、守り育てようと思ったわけです。
勿論、薬をある程度減らせたからこそ、受胎を望みました。


数年前…まだ20代前半の私は病院のベッドで同室の人と話をしていました。
同室の人は結婚していましたが、「子供は諦めている」と話していました。

私もぼんやり思いました。「きっと私も結婚はどうにかできても子供を望むことは無理だろう」と。

何となく、私は這い上がれない…そう思っていました。
毎日追加されていく睡眠薬、毎日湧き上がる希死念慮、増える傷と自殺行為。

恐ろしかった。でも、そんな感覚など当時は麻痺しきっていました。

数年経っても、私は底辺と少し上を行ったり来たりしていました。

そして、命を本当に落としかけた自殺未遂。
4度目の入院の決まり手でした。
幸い、未遂後しばらくは何も覚えていませんでした。
なぜ、自殺をしようとしたのかも、どうやって自殺しようとしたのかも…。

ぼんやりと過ごす毎日でした。息が詰まりそうになるのを我慢してじっとしていました。

ただ、周りは静かではありませんでした。
危険な私を外へ出すことも家においておくことも怖かったのでしょう。
私は医師から退院の許しが出ても退院できませんでした。

「このまま、一生こうなんだろうか。」

ぼんやり考えました。静観視する私がいる一方で、突然嫌だと感じる私がいました。


私は、家を飛び出しました…。
そして、慌ただしく時間は過ぎ…北の大地へ引っ越すこととなったのです。


今、こちらに来てまだ一年足らずですが…、私は徐々に回復して行きました。
もちろん、波はありましたが、薬は以前の半分以下までになりました。
何といっても一番は睡眠薬がなくても何とか眠れるようになったこと。

そんなある日、授かった赤ちゃん…。減薬を頑張ったご褒美だったのでしょうか。

でも、病院の先生曰く、確かに薬を服用していると奇形の可能性は高まるけれども、
2倍、3倍とか大きな数字ではなく、0.01とかごく小さな数字だそうです。
極力その値を小さくするために、皆薬を避けるだけのようです。

だから、私は病気だからとかで妊娠を望んではいけないなんて思っていません。
どんな女性でも望んでいいはず…。
今すぐには無理でも、本当に望んでいるのなら諦めないでほしい。
苦労した分だけ、授かった時の喜びは大きなものです。
赤ちゃんも大きな力を与えてくれます。

確かに、今、私は決して楽ではありません。
妊娠中の情緒不安定に加えて鬱も乗っかってきますし、
家を飛び出した代償も支払わねばなりません。。。

それでもね…赤ちゃんは一生懸命私のお腹で生きているのですよ…。

勝手ですけど、やはり父と母に孫の顔をみてもらいたいとも願うのですよ。。。

愚かですかね…。だけど、それでも私は必死だったし、今でも必死です。
泣いてしまうこともあるけれど、諦めは悪いです。
昔のように感情を麻痺させて諦めたフリなんてできないのです。

だから、どうか病気だからと諦めないで…。


長文すみません。ほんの少しでも力になれたらと思います。。。


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14:40 病気 | コメント(2)

つわりがひどい…

2009/03/14
つわりがひどい今日この頃です。先日もゲロゲロでした。(お食事中の方ごめんなさい)

ろくに食事を摂っていません。へろへろで毎日何もできずにぐで~っとしています。。。
立ちくらみもひどい。

…今日食べたもの…雑穀入りお茶漬け(かなり頑張った)、ドリンクゼリー、スポーツドリンク、トマト…。

においにも敏感だし、CMで食べ物が出ているのでもダメ…。
頭痛もひどいし、本当に「死にそう」な状況です。

あまりにもひどくて、先日点滴を打ってもらいました。意識も朦朧としていましたから…。

昨日はラッキーだったのか、つわりが楽でした。パンが食べられましたからね^^
でも、今日は…。゚(゚´ω`゚)゚。ピー
昼過ぎに体を起こしてからずっとムカムカ…。

お腹が空きすぎてもダメだというし、でも食べたいものなんかないし…。

赤ちゃんに「お母さん頑張るからね」と話しかけつつ仕事に出ている夫を待つ私…。
でも、一人いると頭には良くないことばかりよぎるし、精神衛生上も良くない…。

私の母もこんな想いをしていたんでしょうか。。。だとしたら有難い話です。・゚・(ノД`)・゚・。

あぁ、辛い~…。昨日はちょっと希望が持てたのに、今日はまたブルー…。
そう言えばお手洗いの回数が減っているなぁ。。。

また点滴を打ってもらいながらでも頑張りたいです。。。
お薬は胎盤が完成するまで(妊娠中期まで)は増やせないし、ここはどうにか。

しのぐ方法があれば、教えて頂きたいものです。。。
実家が…恋しいなぁ…。


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19:50 日常 | コメント(1)

2009/03/11
昨日はたくさん泣きました。(それにたくさん吐きました(;´・ω・)←つわり最悪で…

まぁ、理由は…実家とのことにあるんですが…、
一日経ってみて冷静になってお友達からのアドバイスを受けていると、
何となく解決の糸口は見えてきました。

それにやっぱり一時は縁を切って離れもしたけど、実家は生家で、
家族は家族で…今でも好きだから、
こちら側から歩み寄ることが大切なんだと思いました。

そして、もう少しパワフルになること…。

そう、お母さんになるんだもんね。
つわりごときで、ちょっとキツイこと言われたからって「おろす」なんて言ってごめんね。。。
今はお母さんの栄養をギリギリまで吸い取っても大きくなってくれたらいいの。
皆が応援してくれてる…。

確かにつわりは酷い部類に入ると思うけど、
今踏ん張らないわけにはいかない。
そうじゃなきゃ自分が望む未来も、自分がなりたいお母さんにもなれやしない気がします。

逆に…今踏ん張ればどんな明るい未来が待っているか…。


「自信を持ちなさい。」

いつも主人は言ってくれます。
今日お友達にも「自信をもっていい」と言われました。

そうだね、今自分が進んでいる道に自信を持ちたいです。
そして、これまで自分が歩んできた道にも、勿論自分自身にも。


さぁ、手紙でもしたためますかね。
やっぱりメールや電話じゃ上手く伝えられない気持ちがあるから。

どうか、皆さん、応援ください。
頑張ります、私!


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15:49 日常 | コメント(0)

挑戦

2009/03/04
お久しぶりです。まだこちらは雪が残っています。
ちょっとした報告です…。

ずっと不調が続いていますが、
何と、新しい命を授かっていることが月曜日正式にわかりました。

超音波の検査で見えたのは子宮にくっついた小さな赤ちゃんになる袋…。

その前から市販の検査薬で陽性反応が出ていたんですが、
改めて目で見てじんわり「ママ」になったことを実感しました…。

まぁ、ドラマで見るような「おめでとうございます!妊娠○週ですよ。」なんていう言葉もなく、
風邪ですよ、とでも告げるように「妊娠してますね」と言われましたが…(笑)
しかも、検査薬が陽性だったことを告げていたせいか、
内診の前から「初のご妊娠ですか?」と聞かれる有様だし…(;´・ω・)アハハ


慌てて、主人と母に報告…。(義母には検査薬で陽性が出た時報告済みです)

仕事から帰って来た主人は超音波写真を見て、おぉ~と声を上げ、少し感動気味(笑)
そりゃそうか、「お父さん」になるんだもんね。

母は「授かった命ですね。おめでとう。」と喜んでくれました。

その夜、怖々しながらも実家の父にも報告…。
しばらく驚いていましたが、「おめでとう」のお祝いの言葉が…。

実家を勝手に飛び出した私。勝手に結婚した私。
いろんな自分勝手なことをした私には、その言葉は本当にうれしいものでした。

そう言えば…病気がひどくなり始めていた時には、
薬の多さや強さから、結婚はできても妊娠は望めないと諦めていましたね…。

もちろん、今もお薬はたっぷり(笑)飲んでますから、医師に減薬してもらいました。

妊娠してから急に体質が変わって、
食欲不振はひどいし、不眠は続くし、
お薬を戻したい!って思う時もありますが、今はもうお母さん。
頑張って、辛いつわりや不眠、減薬による「揺り戻し」にも耐えています!

でも、やっぱり実家と遠い広い北の地。
不安で泣くことも増えました。どうか応援ください。。。

だけど、自殺企図や未遂など、あんなにひどかった私でもちゃんと「お母さん」になろうとしている。。。
それが他の同じような境遇の方の励みにもなればいいな、とも思います。

これからは更新が「妊婦の日記」みたくなりそうですが(笑)、
どうぞこれからもよろしくお願いします (*・ω・)*_ _))ペコリン



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13:40 病気 | コメント(0)
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