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人間臭い!

2016/02/24
私って本当に人間臭いなって思います。
何だよ、突然、と思うでしょうが(笑)

もちろん、感情だけで生きているわけでもないのですが、
やはり大部分が感情に左右されて生きています。
理屈だけでは納得できない。
論理に徹することができないんです。
でも、感情で納得してしまうと、あっさり進んだり。

つまり、私は家族でも友達でもですが、腹を割って話してくれないと嫌な人みたいです。
腹の探り合いは嫌。
本音だけが欲しい。
だけど傷つくのはちょっと怖い…。
最後のがあると、めんどくさい人かもしれませんね(笑)

ストレートな人なんだと思います。
でも、いい年した大人なので、そうはいかない事態があるのもわかっています。
すると、ストレスを溜めてしまいます。
そして、ドカーン(笑)

自分との付き合いがわかってきた最近。
病気ものらりくらりとかわせるようになってきました。

最近、本を読みました。
メンタルなんぞ全く関係ないといっていい本です。
万人におススメなわけでもないので、タイトルは出しませんが。

私はファッションが好きでしたが、数年迷走していました。
なんとなーく、ファッション関連のその本を読んで、すらーっと読んだのですが、
何だかすべてのことに納得してしまって。

今ある自分を見つめ、認め、これからの道を知った気がしています。
その過程で自分が似合う、目指すものを見つけたっていう感じです。
夫が見ると、「またそんなの読んでるのー?」っていう反応でしたが、
私には何だかストン、と心に入って来たんですね。

今ある体は、自分がなりたくて作ってきた体だと書いてありました。
まあ、私は背がかなり低いのですが、遺伝などもありますが、きっと細かいことをするのに長けている体だと思います。
ストレスなどもあり、抑え込んだ結果小さくまとまったという部分もありますが、
今もこまごましたことをするのは好きです。
豪快なことは苦手。

運動はあまりしていませんでしたが、筋肉は付きやすいほうです。
だから、病気のとき、たまに狂ったように運動したっけな…。
それも、そのようになりたくてなったんだと思います。

小さな頃は違うとは言っても皆似たような体つきで、年を取るごとに個人差が開いてきます。
その積み重ねが今ある自分。
私がなりたいのは、割合力強い自分のようです。
女性らしくはあまり求めてないみたい(笑)
だからか?外での仕事もしっかりやりたいタイプです。
その仕事の仕方もコツコツタイプ。

あまり書きすぎると余計妙な要素が入ってしまうのだけど、
まっすぐ自分を見つめてみると、いろんなことを自分が教えてくれているのだなと思います。
いいことも悪いことも、全て愛すべき自分です。
悪いからってダメじゃない。
ダメだからって愛されないわけではない。

ダメでもいいよ。
今までの自分もこれからの自分も、全ては自分の中に。
自分は、世界のすべての中に。



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11:29 戯言 | コメント(0)

なんと言うことはないのだけれど

2015/12/18
今日は気持ちが上がらない日です。
体調が悪いわけではないのだけれど、心のエネルギーが少ーし、不足気味?
仕事で珍しくトラクターに乗ってみたけれど、
ロータリーをかけたところがガタガタ(笑)
こういう日だと開き直りました。


ここ一年くらい、本当に忙しかったです。
ゆっくり座っている時間なんて、ほとんどなかった。
好きな手芸もあまりできず、用事を済ますことが最優先。

そしたら、卵巣の機能が低下したのか、早くも老化のサインが現れました。
女性の悩みで申し訳ないのですが、生理の周期が短くなったのです。
何となく早いなーと思っていたら、去年の記録と比べると3日くらい短くなっていました。

実は、去年、農家ということもあって、不妊治療に通いました。
結果はもちろん授からずでした。
二人も子宝がいるからもう十分だと納得し、治療を止めました。
ぼわーん、としたショックがありましたが、それでも落ち込みはしませんでした。

だけど、今になって、結構ショック、なのかしら。。。。。
授かれないこと+老化、かぁ-。

自然に任せて、などと自分に都合のいいように言っていましたが、
やっぱり目の前に現実を突き付けられるまで、わからないものですね。
望みすぎだとはわかっていても、ね。

取るべき手段はあまりありません。
病院に通うか、その他の方法か、諦めるか。
あ、授かるための手段ではないです。
体調を整えるための手段ですよ。

病院はもう嫌だしなぁ・・・。
元気になったはずなのに・・・。
やっぱり昔の行いのせいなのかしら・・・。
しばらくグルグル。

久しぶりに自分のことで泣きました。
泣くと少しすっきりしました。
泣き終わった頃に曇り空だった空から日が射し始めました。

そうね、それで終わりじゃないよね。

人生は一喜一憂しながら、進んでいきます。
きっと今日は雨でも明日は晴れ。
家族と一喜一憂しながら、生きていこう。

大丈夫、もうきっと大丈夫。
光はきっと射すから。
11:52 戯言 | コメント(0)

人間の価値

2012/04/11
は何で決まるんだろうか。

最近は土と向き合って仕事することになって、
正直何が何なのかわからない。

気や頭を酷使し続ける仕事よりも、単純に肉体労働が楽だ。
身体はしんどいけれども、精神的な負荷が圧倒的に少ない。
私のような精神的にしんどい人間にはある意味いいのかもしれない。
(田舎に住むとそれなりの人づきあいを求められるので、多少の気苦労はあったりするのかもしれないが)

未だ第一次産業は地位が低かったりする。
たいていの人の生活を支えているのは第一次産業だったりするのに、
その大切さに気がついているのは、実は少ないという現状だ。

まず、私は人間だ。
そして、女だ。
それゆえに病気になったようなものだけど、またそれゆえに母になった。
そして、今は母として子供のために働いている。

けれども、私を最後まで見てくれている人は案外少ない。
私は自分のことを「女」だと認識されるのが異常に嫌いで、
それゆえにそういう下心を持って近づいて来た人間に落胆を覚える。

だけど、ここではそういう風に見る人は皆無に近くて心底ほっとする。
ここでは私は母であり、妻でしかないのだ。
私は私だけれど、誰も「女」としては見ない。

都会のように「女」として飾る必要もないし、
「女らしさ」を全面に押し出す必要もない。
もうそんなことをしなくてもいい。
そんなことをしなくても、私の適正な評価をしてくれるのだから。


正直に言うと、私は今まで男性全般を憎んでいた。
憎んでいるからこそ、復讐するかのように男というものを試したりなんかもしたことがあった。
結婚して子供が生まれても、それでも尚、夫以外の男性を憎悪していることがあった。

それは自分があまりにも「女」ということにこだわり過ぎていたせいもあるのだろう。
もちろん、それは今までの経験上仕方のないこと(過去のログを参考)だったのかもしれないが、
良く知った旧友でさえ、「女」として見ることに虚無感と人間の価値を考えてしまうのだ。

人の価値は何で決まるのだろう。
名声?
幸せ?
お金?

未だにわからないけれど、今私は人としての価値のある経験をしているのだと思いたい。





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18:28 戯言 | コメント(0)

自分を消したい?

2012/03/23
自分が嫌い?
自分を殺したい?
そんな言葉は言い尽くした。

自分が自分じゃなければいい。
自分の性格が変えられたら。
他の人と頭を取り替えられたら。
何度呪いの言葉のように言い続けたか。

きっと病気にならないとわからない。
同じように病気になってもわからない人にはきっと永遠にわからない。
そこにはどんなものよりも深い溝があるのだろう。

自分も親も、
男も女も、
周囲の全てを憎み尽くした。
今あるのは、
唯一残っているのは、
ただ、いなくなるという選択肢であり、その時間の長さを決めるのは私の中に僅かに残る人への気遣いである。

帰りたい?
帰りたくない?
極端な気持ちに私はただ頭を掻きむしるだけで、どこにも行けないでいる。

今まで保って来た正気が切れる姿を誰にも見られたくない。
傷つけたくない。
人が思うよりも、私は大丈夫じゃないよ。

やっぱり人は変われない。
私はあの時のまま変わっていなくて、いつまでも人を傷つけ、試してばかりいる。
最悪の自分でも愛してくれないと嫌だと、わざとひどいことを言って。
無条件の愛を母以外の人に求めても、あるはずなどないのに。


さあ、どこに行こう。
行くあてなどないのに。
それでも思う。
光射すところがいいなと。





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22:17 戯言 | コメント(1)

「逃げ出したい」と「消えたい」と違い

2012/02/27
って、あると思いますか?
私は最近専ら前者の方です。
昔は圧倒的に後者が多かったです。

昔求めていたのは、状況改善でもなく永遠の安息でした。
それを死とも呼ぶのかもしれませんが(苦笑)
その時の自分の全否定をしている形です。

今求めているものは、単なる一時的な逃避です。
馴染みかけてきた自分の一部を否定したくて、逃げたくなるという形、なのかな…。

今は昔と違って、自分だけの問題じゃないことがたくさんあります。
自分が護るべき家族がいますからね。
でも、昔は護られる側であって、基本は自分の問題ばかりでした。
(人が持ち込む問題もありましたけどね。)
だから、余裕のなさからたまにその責任から逃れたくなります。
景色が溶けていく中で子供の面倒を見たり、家事をするのは、非常に辛い時があるものです。
例え自分が望んだこととは言えど…。


皆さんは責任って苦しいものですか?

私の夫はうれしいものだとも言います。
それは大人である証であったり、自分を信頼してくれているっていうことの証明だと感じるからだそう。
私からしたら目から鱗な考え方でした。
責任感が強いというのは肯定的な捉え方をされるけど、それゆえに責任は重くて苦しいものだと思っていましたから。

夫は続けました。
「だから無責任になることも必要なんだよー。無責任って悪い事じゃないし。」
ってニコニコしながら。
私は「えー…」と口をあんぐり。
無責任な状態ってどんななんでしょうね。
私には想像できません。

もし、想像できたら、「逃げ出したい」も「消えたい」も思うことがなくなるのかな。
そうすると、責任は嬉しいものでもあり、無責任もバランスをとる上で必要なことになるのかなって思います。
自分の思い込みを知り、それをゆっくり剥がしていく作業、それが大切な気がします。

毎日の生活はやっぱりしんどい。
たまに雪の下でひっそり隠れていたくなるし、太陽にだって会いたくない日もあります。
だけど、その気持ちの根本を、どうにか変えていけるといいなと思う毎日です。






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09:11 戯言 | コメント(0)

勝手な病気考察あれこれ

2012/02/21
私はDIDです。
それに伴ってうつ病だったり、パニック障害だったり色んなものを併発しました。
最近は喘息というオマケまで(苦笑)

DID…というより解離性障害に関しては結構昔から発症してたらしいです。
うつ病が発症したのは今から11年前。
それから摂食障害にもなったし、診断名がつきにくいものでした。
入院は4回。
一度目は解離性障害だったかな。(診断書にも既存の病気に境界性人格障害と書いてありました。)
二度目からはうつ病。(この辺からは病院に解離のことは言わなくなりました。)
三度目には摂食障害もあったっけ。
入院中たくさんの人々に会いましたが、何となく病気によって人の傾向があるような気がしています。

統合失調症の人は男性が多かったです。
女性ならば思春期くらいの若い世代。
うつ病ならば女性が多かったです。
DIDもだいたい女性でしょうか。

これはきちんと統計を取ったわけではないので、何とも言えませんが、
人の本能としてある攻撃性が関係しているのかなぁと思っています。(勝手に私がです。)

男性は未だに狩猟本能が残っているといいますね。それの名残なのかな。
統合失調症の人は、陽性症状のせいか興奮や焦りが強い場合が多かったです。
陰性症状の場合は鬱っぽくなるらしいのですが、陰性症状の強い人は若い女の子が多かったです。
あまり成人女性で発病したという人を見たことがありません。

ちなみに女性はホルモンのバランスもあり、鬱状態に陥りやすいみたいです。
反対に男性でうつ病になる場合は、過労など極限まで追い込まれている場合が多いので、
非常に重症になりやすい気がします。
きっと葛藤が大きいんだろうなぁ。

DIDは基本的に幼少期に発病するものです。(稀に思春期以降でもなるらしいですが)
性差はというと、微妙ですが女性が多い…かな?
男性でDIDというと大体は攻撃性の強くなる思春期以前に発症している場合が多い気がします。

実は同じストレスを受けても、性別や年齢によって発症する病気は違うのかも?
という私の勝手な憶測です。
というわけで、一切責任は負えません。ごめんなさい^^;

だけど、どんな状況においても、回復という光が見えてほしいものです。
私もやっとここまで来れたけれど、あと一息という時が辛い。

だけど、何の病気だろうと、私は私で良かったと言えるようになりたいものです。





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親になってできること

2012/02/14
子供の時、親というのは大きな存在で、絶大な力を持ちます。
親というものがなければ、自分なんて存在しないも同じ。
だから親との関係のあり方次第で子供は大きく変わります。

子供が成長してもずっと親の力が絶大だと、子供は何をやるのにも自信がなかったり、
すでに何かをやることを放棄していたり。

私も自分が親になるまでは「何で私の親は○○してくれなかったんだろう」とか不満ばかりでした。
自分が自信ないのを、親のせいにしたり。

だけど、ただ親から「あの時は○○してあげられなかったけど、ごめんね。」と一言いってもらえていたら、
それで結構納得がいったのかもしれないと思います。
大人は忙しいから自分でやるしかないんだ、そんな理由で自分を納得させていた時もありました。

実際自分が大人になってみると、生活だけで忙しいし、本当に毎日がどんどん過ぎていきます。
自分がやりたいこと、子供にしてあげたいこと、やっておかないといけないこと…。
だけど、ここで親の立場から「仕方ないじゃない!」って開き直ってはいけないと思うんです。
子供から「お母さんは忙しいから仕方ないよね」って言われても、親として譲っちゃいけない。
私が子供の時味わったあの思いを、私の子供にまで味わわせてはいけないと思う。
ここで私が開き直ってしまうと、ずっと負の連鎖も続いてしまう。

そんなわけで、本当に忙しくて子供にかまってやれないとき、私は私自身が出来なかったことを認めて、
それをちゃんと謝ろうと思っています。
案外、歳をとると謝るのって難しくなります。
なんというか、色んなもっともらしい理由(忙しいからとか、やるだけやったからとか・笑)を付けて、
自分を正当化したりとかします。
だけど、そこでジタバタせずに自分の非を認めてしまって、その分の荷をおろしてしまおうと思います。
最近その方が楽だって気が付いたんですよ。

もう昔をやり直すことはできないけれど、まだ親になって子供にしてやれることはたくさんありますからね。



私も昔は何も考えられなくて、ひたすら自分が良かれと思っていた道を進んできました。
だけど、その道をリタイアして、這いずりながらでも生きて、
今ようやく本当の意味で自立したのかなと思います。
これまでは、まだ親の力を借りて生きていたんですよ。
遠く離れて別の家庭を持って暮らしていても、親を反面教師にしたり、お手本にしたりしながら…。
もうこれからは誰かを参考にしながら生きることはあっても、真似たり反対のことを意識して生きることは断然少なくなるでしょう。

まだ私の中に少なからず「小さな子たち」はいるけれど、
その子たちも大事にしながら暮らしていけたらいいなと思います。
DIDという病気ではあるけれども、その状況に甘えず、かと言って厳しく責めたりせず、
ゆっくりとこれからも自分が生きる道を模索したいと思います。
やっぱり色々なことを考えて生きられるって素敵です。

最小限の幸せを知ることが最大の幸せ。




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16:13 戯言 | コメント(0)
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