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ちょっと落ち込んだ日

2016/05/02
最近はめっきりどーんと落ち込むことも減ったし、
落ち込んでもあまりここに書くこともなくなっていました。

でも、ここは頭のゴチャゴチャを少しほぐすことができる特別な場所に変わりはなく、
今でもたまに意味もなく来ています。
更新もしないんだけどね。

あ、前回の報告。
保険、入れました。
死亡保障です。
喘息もあったので、少し割高ですが、満足のいく結果だったと思います。
数年前まで死にたい死にたい言ってた人なのに、そんな人が死亡保険入るって不思議(笑)


今日は大量服薬のお話です。

昔、相当大量服薬をやらかした私ですが、運よく今までその影響を感じることなく過ごして来れました。
でも、もちろん、飲んだ大量の薬が全てなかったことになるわけではなく…。

10年経って、少しずつ出てきたのかなと感じています。
勝手な私のカンですが、まず不妊。
それに若年性更年期障害。
どちらも女性特有のことですね。

どうも大量服薬をしていた人が回復し、↑の状況にあたったことのある人があまりいないらしく、
私の勝手な推測です。
不妊になるっていうのは少しありましたが、更年期障害もホルモンの関係なのでありえなくはないかなと。。。

ちなみに、去年人間ドックを受けてきましたが、それは問題なしでした。
ホルモンの話になると、やっぱり婦人科にという感じなのでしょうね。

症状として、下の子を産んで一年くらいしたころから、生理の周期が短くなったなと感じました。
下の子の産後すぐから生理があったので、一年ほどあら?という感じで様子を見ていました。
出産前は30日前後で来ていたのが、一昨年には28日前後になり
今年には26日前後に。
そして今月に至っては23日。

ちなみに、一昨年には不妊治療に伴い、検査を一通りしました。
ホルモンは特に問題なし。卵子の数も問題なし。
年のため、夫も検査をして問題なし。
お医者さんも、出産経験が2度あるし、検査も問題がなかったから、割と簡単だという認識だったんでしょうね。
そのまま特に問題が起こることなく、タイムリミットが終了しました。

でも、やっぱり出来ません。
待っても、止めても、出来ていません。
まあ、もう子供に関しては今のままである程度納得しています。

だけど、更年期障害はキツイです。
何とも言えない不安があります。
まだ30代。しかも、30代(一応)前半。

夫からは「老いへの不安?」なんて聞かれましたが、
そんなものはわかりません。
40代に入ってある程度心の準備をしているものならまだしも、あまりにも早くて私はまだ混乱しているのでしょうね。

そもそも、治療をするにしても何のためなのかわかりません。
辛い症状は今のところあまり出ていないからなのかもしれません。
でも、病院に通うのはやはり嫌だと思ってしまいます。
しかも、仕事の忙しい繁忙期、そんな気持ちになれません。。。
珍しく人に会いたくない日です。
何だか私の心の中にまだひっかかったままの気持ちがあるのかもしれませんね。
未だ考え中。
冬くらいに病院に行こうかな…。

とにかく、大量服薬は本当におススメしません。
昔を後悔してもしきれないし、昔は昔で仕方がなかったんだと思います。
まだこれだけで済んでいる私は運がいいんだなと思いますが…。

大量服薬している人がいたら、止めてあげてくださいね。
私もその時はそれでいいと思っていましたが、治った後でも辛いことがあるかもしれないから。

どうか、希望を、可能性を諦めないでくださいね。



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17:24 病気 | コメント(1)

保険に入りたい!

2016/03/24
農業を始めて数年。
人並みに働けるようになった私は、禁断の挑戦(?)に出ました。

それは、保険に入ること。
それに向けて何年も何年も薬の力を借りず、自力で頑張ってきたわけです。
やっぱり夫と経営に携わっている以上、最低限の保険が欲しくなったんだよな~。

だけど、話を聞いてやっぱり厳しいなっていう印象でした。
お金を払いさえすれば、緩和型の保険には入れるわけですが、その額標準の培以上…。
それを死ぬまで払い続ける…。

ダメ。
無理(´・ω・`)

とりあえず、投薬どうこうというよりは、通院はしていないほうがいいみたいです。
遡るのが5年間らしいので、目標5年。

と、いうわけで、私は近々病院へ行って、通院の必要性を先生に聞いてみたいと思います。
んで、最大の目標として、40代に標準の保険に入りたいなってところにしたいと思います。

以前、知り合いの人から「こういう病気だと、色んなことが困るよ」なんて聞いていましたが、
まさにこれですね。
人生最大の買い物をするときに、困ったわぃ。。。
あ、余談ですが、人生最大の買い物のベスト3に生命保険とマイホームが入るみたいですよ。

私みたいに割と若い時に病気になると、さあ大変。
一度入ってしまった後に病気するなら、まだしも、普通に10年間とか保険に入れません。。。。
しかも、払いやすい額じゃないし。。。。

やっと、自立支援とかの有り難さを実感する次第です。
若いころはそこんところ、ぼーっとしてたんだな。
病気が続くという恐ろしさを改めて知った私です。


でも、私、やっぱり回復したんだなと思います。
もう、昔のことなんてほとんど覚えていなくて、告知に苦労しました。
もう昔のことは必要なことではなくなったんだなって…。
完全に過去になったんだなと思います。
例え今回保険に入れなかったとしても、それでもいいなと思います。
待ちます。

あー、待てるっていいな。
昔は待つのが苦手でした。


北国はそろそろ春。
雪解けが進み、日差しが暖かくなってきました。
こんな光に包まれて、この先も私らしくいられたらな。

苦手だった春が、やっと好きになってきた今日この頃です。


17:09 病気 | コメント(0)

人生の醍醐味

2016/02/16
ようやく病気に煩わされなくなって、生活らしい生活が出来るようになった。
睡眠に至っては、夫が驚くくらい寝ているらしい。
眠れなかった時を取り戻すように眠っているように見えるのだとか。

しかし。
私の一時的に滞った精神年齢が一気に進むわけではなく…。
事あるごとに、自分が未だ子供なのだと、精神が未熟なのだと、思い知る。

基本的に自分が最終責任者だという気持ちが薄い。
どこか人をあてにしているしているらしい。
つまり、やはり自分に自信がないということなのか?

結婚し家庭に入ってから、自分の精神の有り方を見直すことが増えた。

幼稚で、未熟で、恥ずかしい自分。
昔ならば「やだやだ、見ないフリ!」と出来るのだけど、
子育てをしていて、親である自分がそういうわけにはいかない。

もう、いやでいやで仕方がないのだけど、受け入れる。
私が受け入れて解決しないと、子供たちにこんなものを引き継がせてしまうことになる。
そう思い、何とか頑張る。
頑張っていると、子供たちの成長がやはり一段と輝いて見える。

人生って、こんなに辛くも有り難いことなのか。
これこそ、人生の醍醐味なのだろう。


最近は、人生で初めてスキーの板をはいてみた。
最初は何度も転んだ。
派手に転んだ。
でも、案外、楽しい。
いや、すごく楽しい。
段々滑ることに楽しみを覚えるようになってきた。
気が付いたら、かなり通っていた。

困難なことがこんなに楽しいなんて。

本当の楽しさは簡単なところにはない。
困難を超えたところにある・

病気も困難そのもの。
そこを越えれば、必ず、本当の楽しみがある。
11:05 病気 | コメント(0)

久しぶりに病気のこと

2015/12/11
久しぶりに通院しました。

薬は医療保険に入りたいので、しばらく処方も服用もしていません。
「薬の処方ですが、できればないままで行きたいと思っています。」と伝えると、
先生は柔らかく笑って、そうですね、と言ってくれました。
正直、ほっとしました。

でも、こういう病気だから、兆候が出て来たら対応できるように、
その兆候を聞いてみました。
「考えがたくさん浮かんできても、それがマイナスなイメージばかりのものでなければ大丈夫。
あと、聞こえてても、それがそう(幻聴)だと認識できていれば大丈夫。」
だそう。

超(!)ハードスケジュールが続く状態で、まだそれほどではないので、とりあえず安心のようです。
おお、私、かなり健康に近づいてる?
思わず調子に乗ってしまう(笑)

まあ、それでも連想ゲームみたいなのは、延々とあるわけで…。
ノイズをノイズと認識できなくて、頭がごっちゃごちゃのまま生きていくのは、もう多分ずっとだと覚悟しています。
記憶に関してもまだ自分の記憶だという認識はないままですしね。

とはいえ、私は本当に結構予後がいいほうらしく、自分の幸運を実感しています。
でも、幸運になるにはどうすればいいのか…。
あ、違うな、正確にいうと、幸運に「気づく」にはどうすればいいのか、だな。

基本的には結婚するまでは幸運なタイプではなかったです。
でも、夫が幸運なタイプでした。
それって、単純に運がいいだけではなく、運を引き寄せる行動、気付く(or築く思考)をしているんだと思っています。
感謝とか、最小の幸福でも忘れないようにしています。
私も昔はわかんなかったです。
幸運があっても気付かないまま過ぎました。
何だか自分ばかりがしみったれてて不幸ばっかりな気がしていました。
でも、病状が落ち着き、やっとわかるまでになりました。

今売れそうな本流に言えば「幸運を引き寄せる考え方!」みたいな(笑)
流行りっぽく書いてしまうと、胡散臭い気がしてしまいますね。

だけど、なかなかきっかけがないとできないものだとも思います・・・。
病院に行ってると、ふとそう思います。

一度不幸に巻き込まれてしまうと、不幸から抜け出せないものです。
不幸でいるほうが、ある意味安定してますからね。
抜け出すのってエネルギーを使います。
やっぱり、休息って大事。


人生はいろいろです。
30余年生きてきて、長く生きていればいるほど、「それぞれ」の振れ幅は大きいなと思います。
たいていのどんなことも大丈夫です。
生きていたら、大丈夫。

「大丈夫だよ」
そう夫が声をかけなくなって、3年ほどが経ちました。
「大丈夫がなくても、もう大丈夫だね」
夫がそう言いました。
私は涙が出ました。
温かい涙でした。

読んでくれた人も、そうでない人も、
心に灯る光がありますように。。。。
16:14 病気 | コメント(0)

私の生きた証

2015/12/02
最近、私が生きてきた証を探している。
もちろん、これから命を絶つわけではない。

病気が落ち着き、育児、家事、仕事にも少しばかりゆとりが出てきて、
自分のことを考えることが増えてきた。
子供たちが巣立ったとき、私はその時何をしていようかと考えたのだ。

私は何が好き?
私は何がしたい?
ここ数年、いろんなことをやってきたつもりだけど、
ずっとこの先もやりたいことって何だろう?

こういうことを考えていると、イライラしてくる。
病気になる前、若い時もよく考えた。
ずっと考えていたけれど、わからないままこの年になった。
世間の健全な人たちは、もうとっくに済ませたタスクなんだろうか。
そう考えると、尚、イライラしてしまう。

怒りの対象も見つからないままイライラして、
エネルギーを持て余してしまった。
(昔は持て余すほどのエネルギーもなかったのを考えたら、ずっといいのだろうが…)

私は頭と身体のバランスが悪い。
頭ばかり使ったり、身体だけを酷使したりと、どちらかしかできない。
だから、最近はなるべく身体を動かすよう心掛けている。
それが案外楽しいのだけど…。

やっぱり身の振り方がわからず、もがいてしまう。
怒ったり、笑ったり、黙ってみたり。
何だか、自分がいつもの自分からずれてしまって、落ち着かなくなってしまう。

私はどんな自分になりたいだろう?
子供たちに何を残してやれるだろう?

ずっと苦しみながらも考えていくこと。
これが私自身の糧になるのだと信じている。
20:12 病気 | コメント(2)

デッドポイント

2015/10/01
マラソンなど長距離走をしていて、一番苦しくなるところ。
デッドポイント。

今、それが来ているのかもしれない、と思う。
ただ、私が走っているレースは回復期というレースだ。
だけど、回復期の山(人によったら「谷」になるのかも?)は久々だから、辛い。

自分が未熟なだけなのに、それを直視したくなくて、人が悪く見えて人のせいにしたくなる。
人の行動が歪んで見え始めてしまう。

こんなことを3年前も感じていたっけ。


去年から120%(?)フル稼働している私を見て、先日夫がついにストップをかけた。
「それ以上はやめときな。」

いつも夫が言うのは「やめてもいいよ」なのに、
今回は違った。
やめることを勧めてきた。
初めてのことだった。

でも、苦しいのは走るのをやめてからなのかもしれない。
走っているときは苦しい中にも走っている充実感があった。
走るのをやめた今は、罪悪感と悔しさ。
それが苦しさに拍車をかけている。

昔の私ならば、すぐ苦しみから逃げようとしただろう。
だけど、それで何になる?
任を下りても、任を下りたことの非難は受け止められないくせに。
逃げる私を娘たちが見ている。
どんな私も娘たちは見ている。

私は、逃げない。
逃げずに、少し体を休めたらまた戻ってやる。

デッドポイントを超えて、ランナーズハイの世界を見たいんだ。


14:21 病気 | コメント(0)

病を越えて

2015/09/16
どうも、ご無沙汰しています。
どうにか生息しています。

北の大地はもう秋。
空は高く、空気は冷たくなって来ています。

私はというと、変わらず農家をしています。
3月からほとんど休むことなく、農繁期をただ駆け抜けるのみ。

そんな日々の中で、人に助けられながら、時には人に倦みながら、
自分に与えられた役割を果たしています(多分…)。

以前のような「生きるか死ぬか」じゃなくて、
生きていることが前提の生活を送れているのをたまに忘れそうになりますが、
有り難いことですね。
たまに思い出して、忘れてはいけないなと思います。
本当に、どんなことでも勉強になると思います。

私はどんな大人になりたいだろう?
よく考えます。

子供たちに胸を張って「お母さん、頑張っているのよ」と言えるような生き方がしたい。
「私が嫌いな私」に時折支配されそうになるけれど、それでもやっぱり少しでも「私が好きな私」になりたい。
でも、そのためには「私のための私」をやめないと、なれない。
もちろん、自分のために頑張るのはすごく大切だけれどね。
いつでも「私」が中心にいてしまうと、そんな自分に疲れてしまうから、難しいところだと思います。

晴れた秋の朝。
自分の有り方を見つめ直した朝でありました。
06:29 病気 | コメント(2)
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